第22話 容疑者たち(A2パート)壊されたドアガード

「その場合、なぜ学友はいいさんを川崎市まで呼んだのかしら。その説明がつかないと論としては弱いわね」

「そうですね。しかしれいさんは飯賀が川崎市に出向いたことを疑わないのですか。僕だったらアリバイの偽装工作をするのなら、密室にした部屋を使うのが筋だと思うんですけど」


「捜査としては当たり前すぎるのよ。おそらく密室を作り出した犯人は、あっさりと密室を破られたことでかなり動揺したでしょうね」

 となれば、第一発見者の市瀬いちのせかいは真犯人ではない可能性が高い。

 もし彼が真犯人なら、殺害現場が密室であることを警察に確認させてドアガードを外させるはず。そうしなければアリバイが成立しないからだ。


「市瀬海斗でないとして、どうやって密室を作り上げたんでしょうか。ドアガードは内側からしか鍵がかけられないんですよね」

「警察としては、ドアガードを壊して侵入したところから市瀬さんがいちばん怪しいと考えているはずです。彼が現場に入ってから窓を閉めたりドアガードが実はされていなかったりと工作のし放題ですからね」


「それじゃあやっぱり市瀬が怪しいですよね。警察に任せず自らの判断でドアガードを破壊して中に入った。ドアの隙間からカーペットにシミがあったと確認したから>そう調書にはありますが。こんなの嘘っぱちですよ。密室殺人を印象づけて第一発見者として捜査線から外させるつもりだったのでしょう」

 かなもりの考えもわからないではないが、それを成立させるには確実に密室だったのかどうかが問題だ。

「金森くん、殺害現場の状況を知りたいから、鑑識の現場写真や証拠物の写真などを集めてください」


 金森がマウスとキーボードを操り始めた。

「取得できました。大型モニターに映します」

 その言葉が終わると同時に大型モニターに殺害現場の写真が映し出された。

「この状況は私も見ています。窓のロックに他人の指紋がないか、逆に指紋が拭き取られているか、わかりますか」

「えっと、鑑識の入力だと窓のロックには他人の指紋が付いていたり、指紋が拭き取られたりしている様子はなかったそうです。被害者である飯賀れいの指紋だけだったと」


「その場合の可能性、金森くんにはわかりますか」

「推理は専門外なんですけど。まあ考えられるのは自殺じゃないのに犯人の形跡がないのが不自然ということくらいかな」

「実は他殺なんだけど、殺されたと思われた飯賀さんが実は生きていて、犯人が窓を開けてベランダに出たのを見ていたから、再び入ってこないように飯賀さん自身が窓のロックをかけて、その後本当に死亡した。という推理も成り立ちます」


「でもその場合だとメゾンド東京の防犯カメラがベランダ側にも付いていたら、誰かがベランダから逃走したのかわかりそうなものですよね」

「おそらくですけど、その裏はまだとれていないのではないかと見ています」

「それじゃあ今からチェックしてみますか」

 玲香が了解を出すと、金森はぱぱっと操作してベランダ側を撮影した防犯カメラの映像を出した。


「飯賀の部屋のベランダへ誰かが出てきたところでストップをかけますね」

「死亡推定時刻はあてにならないから、二木さんが飯賀さんと電話で口論した時刻以降、警察が現着するまでの間でかまわないわ」

 量子コンピュータに指示を出して実行させると、金森は首をひねった。


「でも、どうしてふたが口論した時刻以降なんですか。死亡推定時刻があてにならないのであれば、口論したと周りに認識されたときすでに飯賀は二木に殺されていた可能性もありますよね。というより、そう考えると状況は実にシンプルになると思うんですけど」

 玲香は大型モニターをスワイプしたりピンチイン・ピンチアウトで拡大縮小回転などを駆使している。


「これって。もしかしてそういうことなのかしら」

「玲香さん、なにかわかったんですか」

「可能性の一端はね。これが突破口になるかは実際に確認しないといけませんが」

 そういうと玲香はスマートフォンでつちおか警部につないだ。

か。なにかわかったことがあるのか〕


「確認させてほしいことがひとつあるのですが、今から現場に行ってもだいじょうぶですか。できれば土岡警部にも立ち会っていただきたいのですが」

〔今日は難しいな。さっき与田陽太を取り調べて、今は二木夕月から聴取中だ。その後に三谷優治から話を聞かんとな。とくに三谷は神奈川に住居を構えているから任意聴取を受けてもらうことになる〕

「それでは鑑識さんをひとりお借りできますか」

〔お借りできるかって、お前はまだ刑事なんだから自分の捜査をすればよい。ちなみになにを確認したいんだ〕

「飯賀さんの部屋のドアガードです」


〔ドアガードならすでに鑑識が押収済みだぞ〕

「それでは鑑識さんにそのドアガードを持って現場に寄越していただきたいのですが」

〔わかった。それでなにかがわかるんだな〕

「第一発見者の市瀬さんと昨夜電話で口論していた二木さんのふたりが真犯人ではない、という確証が得られるかもしれません」

〔ということは、地井は与田か三谷のどちらかが真犯人だと考えているのか。与田はともかく三谷には死亡推定時刻にアリバイがあるぞ〕


「そもそもその死亡推定時刻があてになりません。解剖所見では遺体を冷やされたり温められたりして死後硬直や腐敗具合をコントロールされていた可能性が高いと判断されているんですよね」

〔であれば市瀬や二木にも犯行は可能じゃないのか〕

「それを知るためにも、現場の状況を知っておきたいのです。かなもりくん、ベランダ側の防犯カメラ映像のチェックはどうでしたか」


「二木が飯賀と電話で口論した時刻から警察が到着するまでの間、飯賀の部屋のベランダに出た人物はいませんでした」

「土岡警部、聞こえましたか。これで少なくとも前日夜から遺体発見で警察が現着するまでにはベランダから逃げた人はいなかったことになります」


〔となれば、どうやって犯人は現場で飯賀を殺して逃げたんだ〕

「飯賀さんは別の場所で殺されて、部屋に遺棄されたと見るべきです」

〔それなら市瀬にも二木にも犯行は可能じゃないのか〕

「女性の二木さんがひとりで飯賀さんの遺体を運んだとは思えません。聴取中なら彼女の体格などはわかりますよね」


 電話口からスーツの擦れた音が聞こえた。おそらくマジックミラーに振り向いたのだろう。

〔確かに二木は筋骨隆々というわけじゃないな。スレンダーで筋力もなさそうな体格だ。だが、背負って引きずれば非力でも運べるだろうし、台車にでも載せれば重さはさほど問題にはならんだろう〕


「なるほど、台車ですか。であれば職務上使っても不自然に見えない人物が死体遺棄に関与している可能性はありますね」

〔職務上、ね。まさか〕

 土岡警部はその人物に思い当たったようだ。

「真犯人が口封じに来るかもしれませんので、今すぐその人物に監視を付けてください」


〔ではそいつは真犯人ではない、と〕

「はい、殺人ではよく〝殺すことで最大の利益を得る者が犯人だ〟と言われますが。必ずしも最大利益を得るから殺すとはかぎりません。わずかでも利益があれば人を殺すのにはじゅうぶんな動機になります」

〔じゃあわれわれが与田や二木に注目しているのも、真犯人が誘導している可能性が高いということか〕

「すべて可能性ではありますが、否定はできないはずです」





(第6章B1パートへ続きます)

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