第6章 容疑者たち

第21話 容疑者たち(A1パート)三人の利害関係者

 れいは次に接触するべき人物を選んでいた。

 被害者のいいれいが死ぬと利益を得る人物から話を聞きたいところだが、今はつちおか警部とえいとうに委ねている。

 そこで飯賀礼次の彼女だったふたゆうづきから話を聞こうと考えた。


 事務所ではかなもりが量子コンピュータで二次対象者の絞り込みを行っている。

「金森くん、二木夕月さんのプロフィールを私にもください。私も彼女に会いに行きます」

「彼女はすでに警察から事情聴取を受けています。その内容でしたらすぐに打ち出せますが」

「確かに警察にどう答えたのかも知りたいのだけど、飯賀さんの彼女として今までの変化や気づいたことなどを改めて聞きたいのよ。初対面は警察として接しましたが、今回は警察としてではなく、ね」

「警察相手だと誰だって身構えてしまいますからね。それじゃあ彼女の供述調書を取得して、その裏をとってみます。少しだけ時間をください」


 金森はテキパキとマウスとキーボードを走らせて情報を検証していく。心なしか量子コンピュータの処理速度が上がっているような気がする。

「あ、気づきましたか。実はOSのアップデートを行ったんです。これまで迂遠だったところを直結させて処理速度を大幅に向上させました。それとAIが手順を憶えてきているので、検索の流れもスムーズになっています」

「OSのアップデートって。睡眠時間はだいじょうぶでしょうね」

「しっかり眠っていますよ。起きている間はこいつにかかりきりですけど」


 ディスプレイから目を離さずに金森が答えた。デスクの上にはカップ麺の残りが積まれている。これなら確かに昨日今日でOSの改修が可能になるかもしれない。そう考えているとプリンタの動作が止まった。

「二木夕月のプロフィールと、電話で口論してから遺体発見時までの供述の裏をとったアリバイ成立も確認しています。警察に話していることに偽りがなければ、彼女はシロでしょうね」


「私も二木さんはシロと踏んでいたからAIと一致したわけね。飯賀さんの死亡推定時刻に大きな幅があるのが気になっているんだけど。たしか飯賀さんは冷やされたか温められたかしている可能性があるから死亡推定時刻が定められないと聞いていますけど。そういう偽装工作があれば、今まで鉄壁と思われていた関係者がかえって捜査線に浮上してくるんだけど」

「死亡推定時刻に関しては、まだAIに学習させていないのでなんとも言えませんね。ただ額面どおり遺体の硬直具合から死亡推定時刻を割り出すのは危険ですね」


「私の懸念もそこにあるの。ある程度ミステリーに詳しければ、死亡推定時刻のごまかし方も心得ているだろうし。今はそういう情報にあふれているから、一民間人でも知っている可能性が高いわ」

 だからこそ、電話で口論してから遺体発見時までの行動の裏どりをして無実が確定している二木夕月から、飯賀の懸念事項や死んだことで利益を得る者を聞き出せれば、捜査は大きく進展することになる。


「土岡警部に渡した一次対象者のプロフィールも私にください。二木夕月さんに心当たりがないか探りを入れますので」

 ラグなしでプリントアウトされた。どうやら玲香の思考を先読みされたようだ。推理力はあっても行動自体は読まれやすいのかもしれない。


「金森くん、ありがとう。上から三人が利益を得られる人ってことだったわよね」

「はい、間違いありません。飯賀が死んで最も得をする人物は、大金を借りていた与田陽太ですね。五百万円以上借りていたらしいですから、死ねば取り立てられることもなくなりますし」

「借金は借りた相手が死んでも返済義務は残るんだけどね。今回の場合は飯賀さんの家族に返済することになるんだけど」

「じゃあ仮に与田が飯賀を殺したとしたら、無駄だったってことですか」


「そういうこと。まあ犯行時にそこまで頭が回っていたかは疑問が残りますけどね。返済を督促されてカッとなった、というのはない話ではないから」

 与田のプロフィールを見て気になったところがあった。

「与田さんは宅配会社のドライバーですか。勤務態度は、飯賀さんの遺体が発見される前夜に管轄を出たことで訓戒処分を受けている、と。ドライブ・レコーダーとGPSから解析されたのは川崎市、ということになる。なにがあって仕事を抜け出して川崎まで車を走らせたのか」


 プロフィールを一枚めくって読み込んだ。

「ふたりめは二木夕月さん。彼女にはこれから会いに行きますので、ここで掘り下げる必要もない、か。それに二木さんが飯賀さんを殺害したとは考えられないですから」


 さらに一枚めくった。

「この三谷優治さんにはどんな利益があったのかしら。えっと、三谷さんの浮気の目撃者が飯賀さんということだけど」

「そこを深く掘ってみますね」

 金森はアプリケーション・ソフトウェアを一時停止して、三谷優治の浮気を追跡することにした。三谷の立ち寄りそうな場所はドライブ・レコーダーを解析すればすぐにわかる。

 すると、三谷が毎週金曜の夜に、川崎市のスナックで女性と密会しているとの情報を得た。


「ここでも川崎市、か。全員かかわっていたとしたら、二木さんが飯賀さんと電話で口論したのち、三谷さんが飯賀さんを殺し、与田さんが遺体を運搬して遺棄、市瀬さんが第一発見者ってことになるわけだけど」

「さすがにそれは考えすぎでしょう。警察の捜査は初めて見ますが、これだけの利害関係者が絡んだ殺しというのは一般的とは思えません。まるで小説でも読んでいるかのようですよ」

「金森くんは推理小説が好みなのかしら」

「いえ、小説はほとんど読みません。そんな時間があったらハッキングの腕を磨きますよ」


 まあ今の若者はそんなものだ。玲香も推理小説はほとんど読まない。現実の事件を捜査するのだから、作り物の推理小説では満足に楽しめないのだ。


 そもそも二木夕月には川崎市へ出向いた記録がない。自動車のドライブ・レコーダーや最寄り駅や幹線道路の防犯カメラや監視カメラをチェックしてもヒットしない。彼女は自室にいた可能性が高いのだ。


「そもそもなぜ飯賀さんが川崎市にいたと考えなければならないのか。利害関係者である与田さんと三谷さんが揃っていたから。でも揉めている人物の呼び出しにほいほい付いていくとも思えないのよね。でも誰かが川崎へ行くよう仕向けたのだとしたら。いちばん可能性が高い人物なのはわかりますが、殺人の動機としてはあまりにも薄すぎます」


「あとは最終学歴となった高校での学友が関与しているかもしれません。飯賀が二木と付き合っていることに我慢ならなかった真犯人が、飯賀と二木さんに偽情報を掴ませて仲違いさせようと画策した」

 金森の推理には素人ならではの浅さが垣間見える。





(第6章A2パートへ続きます)

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