第20話 初陣(B2パート)消された卒業アルバム

 たかふみを伴って近くの喫茶店へやってきたれいは、彼からいいれいの高校時代を聞くことにした。


「そうですか。飯賀くんが亡くなったのですね。それを私に知らせるためにわざわざのご足労、痛み入ります」

「私は死ぬ前のわずかな間、彼と接点があったんです。そのとき彼から高校時代に高田史雄という恩師が後ろ盾になってくれていたと聞いていたんです。だから彼の死を知らせる義務があるかと思いまして」


 玲香の言葉を聞いている高田は次第に泣き顔へと変わっていった。

「飯賀くんは同級生にも養子であることが知られてしまって、それでいじめを受けていたんです。だから私が彼の後見人のような役割を果たしていました」

「学校の先生としては不適切だったのではありませんか。ひとりの生徒を重く見るというのは」


さんのおっしゃるとおりです。ですが同級生から〝ナイスー〟などと呼ばれて爪弾きにされていました。だから、全員を平等な立場にするために、越権とわかっていても私は彼の後ろ盾になったんです」

「彼から卒業アルバムを見せてもらったことがあるのですが、集合写真も別枠でしたし、個人の顔写真を載せているページ以外には彼の写り込んでいる写真は一枚もなかったと記憶しているのですが」


「よくご存知ですね。卒業後も彼に不利益があってはならないと思いまして、私があえて彼の写真を選ばなかったのです。もちろん本人とよく相談しました」

 高田にはどこか昔を懐かしんでいるような趣を感じた。

「手のかかる生徒だったのに、結局いちばん仲良くなった生徒は彼だったのです。いじめられていて、ときには茶化してきた生徒に反撃の一発を食らわせたりもしたのです。それでも私は彼を擁護し続けました」

 しんみりした雰囲気になってしまった。店内は雑談に花が咲いているが、このテーブルだけは静かだった。


「ところで、高田先生はふたゆうづきという女性をご存じですか」

 その言葉になにを感じたのか。高田は驚いた表情をしている。

「なぜ、その名をご存じなのですか」

「飯賀くんが亡くなる日まで付き合っていた彼女が二木さんなんです」

「そうですか、彼女が」

「やはりご存じなのですね」


 高田は両手を額に付けて両肘をテーブルに突いてうつむいた。そしてひと呼吸おいてから背筋を戻した。


「彼女、二木くんは私と同じように飯賀くんと仲良くしていました。ということは、あのときから彼らは付き合っていたのでしょうか」

「おそらくは」

「二木くんはとても慈しむ心の強い生徒で、いじめられていた飯賀くんをいつも慰めていました。卒業してからも関係を続けていたのですね」

 伝えるべきか一瞬ためらったが、ここで逡巡しては時間を浪費するだけだ。


「その二木さんに飯賀くん殺害の疑いがかけられています。おそらく真犯人は他にいると思いますが、亡くなる前に電話で口論していたと聞いています。それを警察がいぶかしんでいる可能性があります」

「二木くんは虫も殺せない性格をしていました。仮に口論したとしても、高校卒業から十年弱で気持ちが変わるとは思えません。彼女に疑いがかかるなどなにかの間違いに決まっています」

 ハンドバッグから名刺入れを取り出して一枚抜きとる。


「私の知り合いに刑事がいます。その人になにか伝えることがあればいつでもおっしゃってください。これ、私の名刺です」

「わざわざご丁寧に、ありがとうございます。もし二木くんが聴取に応じないようなことがあったら私に教えてください。本当のことを言うように説得いたしますので」

「わかりました。二木さんに彼を殺す動機がない以上、飯賀くんを殺したとは思えません。おそらく口論したところを真犯人に狙われた可能性が高いと見ています」


「それは警察の方の意見でしょうか」

「そうです。二木さんは殺人犯ではない。警察はそうにらんでいます。ですが、黙秘されてしまうと警察の印象が悪くなりますので、埒が明かないときは高田先生を頼らせてください」

 玲香は会計を済ませてからテーブルに戻り、高田を自宅まで送り届けた。




 自宅兼事務所に戻ってきた玲香は、かなもりとともにつちおか警部とえいとうが待っていたことを知った。

「土岡警部、衛藤くんお疲れ様です。そちらの捜査はどうでしたか」

 玲香はそう問いかけると一直線に自室へ向かい、ペットボトルの緑茶を四本持ってきた。


「ああ、すまんな、地井。ガイシャと言い争いをしていた人物がわかったぞ」

「二木夕月さん、ですよね。彼女は今回きっかけに使われたにすぎないと私は見ていますが」

「どうしてですか、地井さん。二木には飯賀を殺す動機があるんですよ」

「たかだか数十分口論したところで、十年の恋が冷めると思って」

「十年の恋って。地井さんは二木と仲がよかったのですか」


「いいえ、遺体発見現場に向かう途中で合流しただけです。実は先ほどまでふたりの恩師である高田先生のところに行っていました。高田先生の話から、二木さんが飯賀さんを殺す理由が見出だせません。一時のいさかいで殺めるほど単純なお付き合いではなかった、ということです。固い鎖で繋がれていたの。どうやら真犯人は二木さんが飯賀さんと揉めていることを知って犯行に及んだ可能性が高い、と見ています」

「ガイシャと恋人が不仲なのを利用しての犯行か。これは過去を遡る必要があるかもしれないな。問題はどこまで遡るかだが」


「それについては量子コンピュータに委ねます。次にわれわれがしなければならないのは、殺害時点での利害関係者を洗うことです。殺害するに足る人物をリストアップできなければ、いつまで経っても真犯人にはたどり着けません。そして幸い、二木さんという存在が浮上したことで、飯賀さんとの関係を知る人物の犯行であることは疑いありません」

「ということは飯賀と二木の仲を知っていて、それを利用して飯賀を殺して利益を得る人物がいる、と」

 衛藤は捜査対象を復唱した。


「とりあえず量子コンピュータに探してもらいますが、警察でも捜査してください。このアクションで真犯人を追い詰められるかもしれませんので」

「なるほど、捜査の手が自分に迫ってくれば、証拠隠滅や逃亡などに走る可能性もあるからな。まあ逃げてしまえば自分が犯人だと確定させるようなものだが」


「犯人にプレッシャーをかけるのは量子コンピュータには不可能です。警察の捜査が身近に迫っているとプレッシャーをかけるからこそ恐怖を招くのです。結局どんなに技術が進んでも、警察の捜査だけが犯人を追い詰められます。そこに警察の存在意義があるのです」

 金森は黙々と端末を操作し、一次対象者十名をリストアップして印刷した。


「土岡警部、これをお使いください。この十名は飯賀礼次と二木夕月共通の関係者です。その中でもとくに上から三名が飯賀礼次が死ぬとなんらかの利益を得る人物です。二次対象者の割り出しにはさらに時間がかかりますので、まずはその十名の裏どりをお願いします」

 金森のその言葉に衛藤がカチンと頭にきたようだ。


「捜査の素人の助言は受けないぞ。捜査はわれわれ警察の特権だ。いくらすごいコンピュータを持っていたところで、警察がいなければ犯人も検挙できないのであれば意味がない」

「そのとおりね、衛藤くん。でも捜査の苦労を最小化できるから、考えようによっては捜査のアシストに貢献していると思うんだけど」


「地井さんはお父さんの事業を継いだのですから、もう警察では働かないんですよね」

「それはまだわからんぞ。今回の捜査で上層部にアピールできれば、情報システム職扱いということで兼業や副業も可能になるかもしれないからな」

「それは例外中の例外ですよ。そんなことができるのなら、俺だって兼業してもかまいませんよね」


「お前に捜査実績があれば、の話だな。地井はうちのエースだ。解決した事件は数知れない。刑事としての価値には雲泥の差があるだろうな」

 土岡警部の釘差しに衛藤は押し黙ってしまった。





(第6章A1パートへ続きます)

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