第18話 初陣(A2パート)トラブル相手

「えっと、ガイシャのいいとその彼女のふた、第一発見者の市瀬いちのせとその彼女のたてばやしゆう。本庁に戻って手分けして当たるぞ」

「このコンピュータに任せないんですか」


「まだ初めて使うシステムだからな。裏は俺たち刑事が足でとらないでどうする」

「そりゃそうですけど。俺たちが駆けずり回って得た情報を、ここにいながら収集できるんですよ。反則じゃないですか」

 どうやらえいとうは素直にコンピュータの性能を認めていないらしい。すべて代わりにやってみせないと信じないタイプだ。


れいさんはどうしますか。僕がここで情報を収集して玲香さんのスマートフォンにデータをリンクしていってもかまいませんが」

「いえ、私もこのコンピュータの性能に慣れる必要があるわね。もう少し広範に情報を収集して捜査を手助けしましょう」

「わかりました。それじゃあ飯賀とトラブルになっていた人物を探してみましょうか」


「えっ、できるんですか、そんなこと。どこかの防犯カメラに映っていたとか」

 かなもりの突然の提案に衛藤が食いついた。どうやら警察も飯賀のトラブル相手を探しているらしい。

「かなり広範囲から探しますので、さすがの量子コンピュータでも時間がかかります。割り出す間に、警察はその四名の裏をとってください」

つちおか警部、衛藤くん、任せました」

 玲香はふたりに声をかけると、扉まで歩いて表へと誘導する。


「飯賀のトラブル相手の割り出しは任せたぞ、地井。うまく割り出せたら実績になるからな」

「わかっております」

 ふたりが地下駐車場へ向かうためにエレベーターに乗るのを見守った玲香は、きびすを返して事務所に戻った。

「金森くん、被害者である飯賀れいさんのトラブル相手なんてどうやってより分けるのかしら」


「玲香さんがいない間にAIシステムの素はインストールしてあるんです。後は僕たちが手本を見せて鍛えていきます。ある程度要領が飲み込めたら、以後はAIが自動抽出してくれますよ」

「ということは、今回は手作業で洗う必要があるわけね」

「そうでもありません。量子コンピュータを通過する情報をAIがチェックしているので、関連ありそうならAIがはじき出してくれますよ。だから、どこを調べればよいのか。それだけわかっていればあとはセミオートってことになります」

「じゃあ私たちの選択をAIが学習するわけね」


 被害者とトラブルがあれば、まず警察や弁護士に訴える人もいるが、たいていは親友や親族にグチをこぼすものだ。

 完全に内に抱え込まれると痕跡は残らないが、まずは親族のリストアップと交友関係の調査を優先させるべきだろう。


「わかりました。それではまず、飯賀礼次さんの親族をまとめてください。それが終わり次第交友関係を洗います。飯賀さんがこのうちの誰かにグチを漏らしたことがないか。チェックしたいので」


「なるほど。警察ではまず被害者の周辺を洗うものなんですね。僕なら被害者のスマートフォンを解析してトラブルが記録されていないかチェックすると思います」

「量子コンピュータがあればそれも可能ですが、まずは地道な捜査を経験させたほうがAIにもよいとの判断です」

「捜査のイロハが詰め込まれるわけですね」


 雑談をしながらも金森は量子コンピュータに指示を出している。ディスプレイにはさまざまな情報が小さなウインドウとなって表示されては消えていく。関連性がない情報を選り分けているのだろうか。

「さすがの量子コンピュータでも時間がかかりそうね」

「そうですね。AIが初めて行う作業ですから、習熟するまでは時間がかかります。ある程度経てばスピードも上がりますよ」

 先ほどプリントアウトした被害者のプロフィールを再表示させて、家族構成や交際相手をチェックする。

「礼次さんは次男ですね。お姉さん、お兄さん、礼次さん、妹の四兄弟。両親は青森で健在。父方の祖父母と母方の祖母も存命中。母方の祖父は一年前に死去。まさに大家族ね」


「そういえばさんから聞いていたんですけど、玲香さんってお父さん以外に親族がいなかったそうですね」

「まあ私の素性は事件には関係ありませんので。それにしても九名の裏をとるのはさすがの量子コンピュータでも難しいのではなくて」

「いえいえ、こういう秘匿性が高い情報こそこいつの出番です。家族のスマートフォンやパソコンから情報を収集できますから、警察のように捜査令状がなくてものぞき放題です」

「それって本来違法なんですけどね」


「犯人を突き止めるためですし、知り得た情報を使ってどうかつしているわけでもありません。刑事さんと組めば、捜査のきっかけとして有用であることは否定できないはずです」

「そう願っているわ。それよりハッキングにはまだ時間がかかるのかしら」


「いえ、携帯キャリアと固定電話の管理サーバーに侵入して番号はすでに得ています。個別に情報を収集していますが、光回線を十本束ねた特製の通信回線ですから、九名の端末を同時に調べるのはわけありません。今はデータをクラウドに保管するシステムが多いですから、本体に侵入しなくてもなんとかなるものですよ。あっ、言っているそばからひとりずつ解析が終わっていきますね」


「ひとりずつプリントアウトしてください。ペンを入れますので」

「PDF化してタブレットPCでもチェックできるようにしますか」

「いえ、私がまだシステムに慣れていないから、紙に直接赤ペンを入れるほうが作業効率はよいでしょう」


 玲香は自室から赤いサインペンを持ってきた。

「さて、親族から洗いますか」

 窓際のテーブルにプリントアウトした資料を広げて、気になるところをチェックし始めした。

 そしてすぐに気がついたことがある。


 飯賀礼次は養子だった。飯賀家は養子を多く受け入れているのかと残る三名を調べるが、どうやら養子は礼次だけのようだ。

 さらに母方の祖父の死亡保険の受取人が礼次になっている。遺言書を見ることはできないが、どうやら母方の祖父は礼次をかわいがっていたようだ。

 血のつながりがないという理由で肩身の狭い生活を強いられていたので、その罪滅ぼしの意味もあったのだろうか。

 これは母方の祖母に直接話を聞きに行くべきか。いや、今の段階では「なぜそれを知っているのか」といぶかられるだけだろう。


 死亡保険金や遺産相続が元で親族に殺された、という可能性も浮かんでくる。

 礼次の学校での成績や態度などを知れば、恨まれるか慕われるかが見えてくるだろう。





(第5章B1パートへ続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る