第5章 初陣

第17話 初陣(A1パート)初めての捜査

 つちおか警部とえいとうを自宅兼事務所へ連れてきたれいは、量子コンピュータの端末を操っているかなもりに声をかけた。


「金森くん、インストールの状況はどうかしら」

「先ほどすべて終えました。報告のために玲香さんが帰ってくるのを待っていたんです」

 マウスとキーボードを操っている。


「そちらの年配の方、お名前は、土岡とし。警視庁捜査一課配属。階級は警部ですね。大型モニターをご覧ください」

 玲香と土岡警部そして衛藤は、大型モニターに映し出された情報を確認する。

「これは、どういうことだ。なぜ俺の写真や情報がここに出ているんだ」

 大型モニターには土岡警部の自宅住所や経歴や学校の成績、所有している自動車の型式やナンバーまで表示されている。

「なに、簡単なことですよ。入口のカメラから写真を入手して、警視庁や陸運局、学校のサーバーと突き合わせただけです」


 土岡警部はその言葉を額面どおりに受け取った。

「他人のサーバーに侵入したのか。違法じゃないのか」

「まあ玲香さんが警察の人なんですから、これくらいは許容範囲ということで」

「そんな簡単に言うなよ、お前」

 衛藤が噛みついてきた。

「えっと、あなたは衛藤さんですよね」

「そうだよ。それ以上言うんじゃないぞ。情報漏洩で逮捕もできるんだからな」

「漏洩したのは僕じゃないんで。サーバーのセキュリティの問題ですよね」

 衛藤は言葉に詰まったようだ。


「まあいいわ。それより量子コンピュータの初任務よ。金森くん、市瀬いちのせかいの情報を出してほしいんだけど」

「コンピュータに捜査ができるはずありませんよ、警部。しかも漁師コンピュータでしょう。釣りがなんの役に立つんですか。きっと狩人コンピュータというのもあるんでしょうね」

 自分の身のうちを探られたと感じていた衛藤は、量子コンピュータを知らないらしい。


「お前も捜査一課なら幅広い情報をつねに仕入れておけ。量子コンピュータというのは、今のスーパーコンピュータなど及びもつかないほどの高性能なコンピュータのことだ。釣り職人の漁師のことじゃないんだぞ」

「まあ狩人コンピュータはないですがクラウド・コンピューティングというのはあるんですよね。名前は似ていますよね」

 金森は追い打ちをかけたかったのだろう。衛藤を茶化しているように映る。


「まあいいでしょう。それでは市瀬海斗の名前や住所、勤め先など知りうる範囲で情報をください」

「なんだ、結局俺たちが足を棒にして探した情報が必要になるのか。量子コンピュータとやらもたいしたことないじゃないか」

「いいかげんにしろ、衛藤。量子コンピュータでの捜査は今回が史上初だ。どんな手順になるのかのテストケースとなるんだぞ」

「はいはい、そうですか。まあ俺たちの地道な努力には敵わないでしょうけどね」

 衛藤のグチに付き合う必要はない。まずは量子コンピュータとそれを操る金森に捜査の型を教え込むのが先決だ。


「市瀬は市場の瀬戸内海、海斗はウミに北斗。これでわかるかしら」

「漢字と読みはわかりました。ただまだ候補が多いですね。他の情報は」

「江東区にひとりで住んでいるわ」

「これで絞り込めますね。もしかしてですが、遺体の第一発見者ですか」

「ええ、そうだけど。どうしてわかったの」


「玲香さんが帰ってくるのを待つ間に現場の防犯カメラ映像を見ていましたから。じゃあ顔はこれで入手できたので、各所のサーバーにアクセスして情報を収集します」


 マウスをクリックすると、瞬時に個人情報が手に入った。見やすいレイアウトに変換されて大型モニターに映し出された。

「これが第一発見者、市瀬海斗のプロフィールです。メゾンド東京との接点は、付き合っている女性が住んでいるからのようですね」

「確かに市瀬はそんな供述もしていましたね」

 刑事ふたりがそわそわし始めた。


「その女性の情報は手に入るかしら」

「だいじょうぶです。メゾンド東京の管理会社に個人情報が入っていますから。下線が引かれている名前はすでに情報の入手が終わっています」

「それじゃあその情報を見せてください。それと被害者の情報は入手できるかしら」

「すでに入手済みです」


「さすがね。市瀬と、付き合っている女性と、被害者との接点はあるかしら」

「そうですね。今のところはメゾンド東京で接点があります。他の場所ではどうか。そこまで必要ですよね」

「お願いするわ」


「時間をかけますね。いくら量子コンピュータでも、膨大な情報の中から接点を探るのは骨が折れますから」

「コンピュータに骨はないだろ」

 衛藤に嫌味を言われても、金森は聞く耳を持たない。


「被害者には交際していた女性がいたようですが、そちらの情報は必要ですか」

「お願いするわ」

 すると大型モニターに被害者・いいれいのプロフィールが表示され、「交際」の項目に名前が表示されていた。

「このふたゆうづきというのが彼女かしら、衛藤くん」

「えっ、あ、はい。間違いありません。しかしどうやって交際相手までつかめるんですか、地井さん」


「僕が代わりに答えよう。この量子コンピュータは膨大なデータを一瞬で処理できるんだ。そしてインターネットの光回線も特注品で、十本の線を束ねることで通常の十倍のスピードを実現している。だから、被害者が立ち寄った場所を量子コンピュータに探させて、関連があるものを片っ端から記録し、情報の積み上げを図る。すると頻繁に会っている人物が特定できる。それが異性であれば交際しているだろうと想像はつく」

 圧倒的な量子コンピュータの性能だからこそ可能な情報収集力だ。


「当日現場に向かったとき、私と地井がエレベーターで同乗した女性だな。確かに彼女だと言っていたが」

「二木は被害者の飯賀とは前日夜に長電話をしていますね。なにか口論していたようです。二木を見ていた人物がSNSにそのことをアップしています」

「なんだって」

 土岡警部が食いついた。


「二木が電話で口論していた場面の目撃者がいたわけか。よし、衛藤、情報をメモしておけよ」

「あ、その必要はありません。今プリンタで打ち出しますから」

 そういうと、金森はA4用紙四枚のプロフィールをプリントアウトして土岡警部へ渡した。





(第5章A2パートへ続きます)

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