第14話 金森蓮夜(A2パート)ハッキング能力

〔あなたがさんのお嬢さんですか。このたびはご愁傷さまでした。地井さんからは近い将来、娘であるあなたのサポートをお願いされていました〕

かなもりさん、失礼ですがあなたはうちの量子コンピュータをハッキングしようとしていたのではありませんか」


〔そうですが、神村かむらさんから聞いていなかったんですか〕

「はい、まったく聞いていませんでしたが。先ほどの神村さんの口ぶりだと、あなたがサーバーにアクセスしようとしていたのだろうと推測しました」

〔なるほど、確かに地井さんがおっしゃっていたとおり、抜群の推理力というところですね〕


「できれば対面で話を聞きたいのですが、いつがよろしいですか」

〔こちらはいつでもかまいませんよ〕

「それではこれからすぐに会いましょう。契約金は遺産が相続されてからの支払いとなりますが」

〔仕方がないですね。まあ地井さんからは出来高制だって言われていましたから、契約金がいただけるのなら喜んでお引き受けしますよ〕


「こちらの場所はわかりますか」

〔警視庁近くのとうほうビルまで特定できているのですが、何階かは行ってみないとわからないですね。どうやらそちらのビルの防犯カメラは量子コンピュータにも接続されているらしく、ハッキングできませんでしたから〕

「それではそのビルの四階でお待ちしております」

〔ビルのワンフロアがすべて自宅ってすごいですよね。僕も住めませんかね〕


「いちおう私のフロアということになっていますが、金森さんの部屋も同じフロアにあるのかまでは聞いていないんですよね」

 金森との会話に耳をそばだてていた神村が「金森くんの部屋も当然あるから」と口にした。

「聞こえましたか。金森さんの部屋も確保されているらしいです。父に感謝ですわね」


〔これから相棒になる量子コンピュータを制圧したいので、できれば入り浸れる環境が欲しかったんですよ。いちおう地井さんにはそう要望を出してあったのですが〕

「ですが、量子コンピュータの端末は私の個人部屋の入口前にありますから、よほど注意しないといけませんね」

〔そこまでは配慮されていませんでしたか。まあ僕は女性よりコンピュータのほうが好きなので、地井さんのお嬢さんの迷惑にはならないとは思いますが〕


「それは私には女性の魅力がないと言っているように聞こえますが」

〔いえ、地井さんは僕のハッキング能力だけでなく、女性に無害なところも評価されていたようですので。お疑いでしたら、契約するときに条項に盛り込んでもかまいませんよ。手を出したら罰金いくらとか解雇とか〕

「まあ安心しておきます。ところで、私のスマートフォンに電話をかけていただけますか。あなたのハッキング能力がどの程度かの確認にもなりますから。私の番号は教えられていませんよね」

「はい、誰からも聞いていませんが。ちょっと待ってくださいね。ハッキングしてみますから」


 ものの数秒で玲香のスマートフォンに着信があった。

「はい、地井です」

〔これで信用いただけますか、地井玲香さん〕

「ええ、確認できましたわ。ちなみにこの番号は金森さんのスマートフォンですか」


「そうですよ。いちおう四大キャリアすべてのスマートフォンを所有していますので」

「管理がたいへんじゃありませんか」

〔いえ、ハッキングはそれぞれのキャリアで向き不向きがあるんですよ。Aキャリアでは入れなくても、Bキャリアなら入れるとか。まあ詳しい話は追い追いということで〕

「わかりました。それでは到着をお待ちしております」


 通話が切れてつーつーという音が流れている。スマートフォンをしまうと神村に向き直る。


「金森さんはじきにここへいらっしゃるそうです。面識のおありな神村さんがいてくださると心強いのですが」

「まあ年頃の男女が密会するのもいかがなものですから、私も残りますよ」

 言葉にとげがあるが、神村の性格を考えるとこのくらいは気にしないほうがよい。


「しかし、ハッキングってすごいんですね。まさか通話だけでこのビルを特定できるなんて」

「まあそのように端末を改造しているそうですからね」

「ハッキングだけでなく改造までできるんですか」

「まあ金森くんは元々端末の改造が趣味で、そのためにハッキング能力を高めていったと聞いています。スマートフォンに搭載されるアプリも自作していますよ」

「まさにスーパーハッカーの本領発揮というところですね」


 心の底から感嘆した。スーパーハッカーという言葉はかえって本質を表していないように感じる。まさに天賦の才がある天才ハッカーだ。

 彼のハッキング能力が量子コンピュータを得てどんな化学変化を起こすのか。玲香の推理力を補佐する分析や裏取りの面で万全の用意が整うことを意味する。

 刑事として勤めながら、この量子コンピュータで推理をサポートできれば言うことはない。


「玲香様、この量子コンピュータにはまだ単純な機能しか搭載されておりません。これから金森くんにアプリケーション・ソフトウェアを作成してもらえば、性能は飛躍的に向上します。そのためにも、金森くんを不採用にはしないでくださいませ」

 神村の考えは察せられる。仮に不採用だったり中途で辞めさせたりするにしても、量子コンピュータに組み込むアプリケーション・ソフトウェアの製作を金森に作らせてからでなければ万全は期せない。


 玲香としては自分と価値観が近い人材は付き合いやすいとは思うものの、同じ視点で物を見られがちだ。しかし、新たな視点から提案するのは玲香の価値観とは違う人材である。

 その意味では金森が玲香とは異なる価値観であることを優先したい。もし同じようなら、価値観の異なるタイプの人材を新たに雇えばよい。

 今からやってくる金森はどちらのタイプだろうか。


 電話で話した印象だと、優秀なテクノクラートのようだ。だが、電話ではとっつきやすくても、多くの人は実際に対面して話したときに地が出る。丁寧な口調だが、実は身だしなみがだらしないということはよくある話だ。

「金森さんの素性はこれですべてですか」

 神村は眉間に右手人差し指を当てて叩いている。


「そうですね。あとは直接会って感じたものを信じるのがよろしいでしょう。少なくとも犯罪歴はありませんので、そこはご安心くださいませ」

 ハッキングはじゅうぶんに犯罪だと思うのだが。

 弁護士の神村が言うのだから、問題ないレベルのものなのだろう。

 これから警察の仕事を遂行するにあたって、守秘義務は確実に満たさないと捜査情報がマスコミに筒抜けだった、なんてこともありうる。

 すべては対面してから、ということになるが。





(第4章B1パートへ続きます)

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