第15話 金森蓮夜(B1パート)守秘義務

 来客を知らせるチャイムが鳴ると、れい はドアロックを解除して扉を開けた。そこには身長はやや高いが細身で髪がボサボサの男が立っていた。

 パーカーにジーンズにスニーカーといういでたちで、いかにもコンピュータオタクぽい雰囲気だ。ただ、両手に大きめのトートバッグを抱えていた。ブランド物ではないので、実用性を重視するタイプの男性のようだ。


「あなたが 玲香さんですね。初めまして、かなもりれんです」

「スーパーハッカーの方に名前を憶えてもらえて光栄ですわね」

「僕はあまり会話が得意じゃないので、まずはこれを見てもらえますか」

 そう言うと金森は部屋の中へ入ってきて、持ってきたトートバッグ二袋をテーブルに置いた。


「これは地井さん、えっと玲香さんのお父さんに依頼されて製作したものたちです。ここにあるという量子コンピュータの拡張キットとでもいいますかね」

「拡張キット、とは」

「簡単に言うと、性能が向上したりやりたいことが増えたりします」

 トートバッグの中からモバイルバッテリーのような物が出てきた。


「これはスマートフォンの中身をハッキングするための装置です。もちろん普通のコンピュータでもできはするのですが、かなりの時間がかかります。ですが量子コンピュータをホストにすれば、少なくとも一分以内に中身のすべてを解析できます」

「それは、ロックを解除するということかしら、解除せずに中を見られるということかしら」

「どちらもできますよ」


「スマートフォンはロックを解除しなければ中身には触れない構造だと聞きましたが」

「まああながち間違いではないのですが、ロックされたままでも中身にはアクセスできるんですよ。この機械を使えば。ちなみに削除されたファイルやメールなども復元可能です」


 どういう仕組みになっているのだろうか。普通は充電を兼ねた接続ケーブルで情報をやりとりするのだが、端末がロックされていると接続ケーブルからのアクセスを遮断する構造になっているはずだ。


「えっと、量子コンピュータの端末は、と」

 金森が部屋を見渡して、大型モニターのほうへ歩いていく。そしてすぐにディスプレイを確認してキーボードやマウスの置かれているデスクにたどり着く。

「これが量子コンピュータですか。ちょっと走らせていいですか」

 なぜかそわそわした態度で問いかけてくる。

「そんなに触りたいのかしら」

「当たり前ですよ。試作機とはいえ世界初の量産型量子コンピュータですよ。その専属オペレーターになれたらハッキングもやりたい放題ですからね」

 金森は熱弁を振るいながら、周囲をうかがっている。


「あ、これが外部デバイスを接続する端子か。オリジナル端子ですが、地井さんがくれた資料どおりの仕様のようですね」

 手にしていた小型端末を量子コンピュータに接続すると、マウスとキーボードを巧みに操っている。

「OSは近いうちに改修しましょう。今のままでは宝の持ち腐れですからね」

 その言葉が妙に気になった。ID・パスワード式のセキュリティを突破し、監視カメラや防犯カメラを見放題。さらにイベントリレーでカメラをまたいだ追跡も可能だ。それ以上のことに使えるとはどういうことなのだろうか。


「宝の持ち腐れ、とは」

「今はまだインターネットにつながって情報を収集するだけで、ダークウェブの監視もできませんし。相手の端末の遠隔操作や情報の抜き取りなんかもできるんですよ。今より何十倍も機能を増やせますからね。実機を触ればさらに新機能のイメージも湧いてきます」


「わかりました。量子コンピュータのロックを解除します。まずはその端末の性能を見せてください」

 金森は待っていたかのように椅子に座る。

「それでは玲香さん、スマートフォンをお借りできますか」


「私のスマートフォンをテストに使う気なの」

「僕のスマートフォンじゃあ納得できませんよね。なにかハッキングしているようなフリができてしまいます。あなたのスマートフォンなら、雇い主となるあなた自身が僕の技術を測れますから。なにか秘密にしておきたい情報などあるのでしょうか」

「まあプライベートのほうならだいじょうぶです。仕事用は他に漏らせない情報が満載ですから」

「そちらも興味はありますが、情報をせっしたいわけじゃないんです。あくまでも僕の技術を評価してもらいたいだけで」

 右手で頭をポリポリと掻いている。神村が口添えした。


「玲香様、ここは金森くんを信用するためにも、試させるべきです。スマートフォンの中身を見るだけでもたいしたものだと思いますが」

 神村かむら弁護士の言葉に、玲香は腕を絞めながら指でこめかみを叩いている。

「わかりました。その代わりですが、守秘義務の書類にサインを願いたいのですが」


「守秘義務ですか。僕が量子コンピュータで得た情報は他言無用ということでしょうか」

「いえ、私についてもそうですが、この場所や捜査で手に入れた情報は絶対に漏らさないでほしいのです」

「わかりました。さっそく署名しましょう」


 弁護士の神村が、バッグの中から書類を一枚取り出してテーブルに置いた。

 金森はそれを読んで納得したのか、スラスラとサインしていく。神村はそれを確認して玲香に頷いた。


「ありがとうございます。私用のスマートフォンと仕事用のスマートフォンをお貸しします。ロックの解除と解除せずに中を覗く、というものを見せていただけますか」

「わかりました。それでは量子コンピュータにアプリケーション・ソフトウェアをインストールしたいのですが、ロックを解除してもらえますか」

「ロックを解除しなくても中身を見られるのに、量子コンピュータのセキュリティは突破できないですか」


「量子コンピュータは化け物なんですよ。量子コンピュータのセキュリティは同じ量子コンピュータでなければ遠隔での解除は不可能だとされています。だから物理的なセキュリティが重要なのです」


 そういうものかといちおう納得して、カードキーを使ってセキュリティを解除した。

 するとディスプレイに起動画面が現れて、プロンプトが表示された。





(第4章B2パートへ続きます)

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