第10話 交渉(A2パート)不審者

 操作を終えて大型モニターを出力先に選んだ。

「これでいいはずですが。大型モニターに映っていますか」

「ああ、映っているな。警察の防犯カメラにもアクセスできるのか。この量子コンピュータとやらは本当にとんでもない性能のようだな。、お前がこれを使いこなすのか」


「いえ、専門家を雇うつもりです。超一流のスーパーハッカーに父が接触していたそうです。神村かむら弁護士が交渉をまとめてくれる手はずになっています」

 それだけ神村弁護士に頼っているのが現状だ。


「とりあえず神村弁護士からはこの量子コンピュータの簡単な使い方だけしか聞いていないので、お見せできるのはこれくらいなのですが」

「わかった。刑事では副業や兼業は禁じられているから、お父さんの事業を継ぐなら辞めざるをえないが。この量子コンピュータとやらがあれば情報システム関連へ配置替えしてもらえればだいじょうぶそうだな。しかしそれだと地井の推理力が活かせないのが惜しいな」


「警察との交渉は基本的に神村弁護士に一任することとなっています。父の遺言にも書かれていたそうですから」

「じゃあ神村弁護士と会うのはもう少し先になりそうだな。密室殺人の謎も解かなきゃならんのだが、地井が喪中だと捜査に参加させるわけにもいかないし」

 量子コンピュータの端末からアラームが鳴った。もうじきここを出ないといけない時間になったか。


「とりあえず斎場へ向かいましょう。今から向かえば葬儀に間に合うはずです。土岡警部は一緒にいらっしゃいますか」

「しかし、お父さんは実業家で顔も広かったんだろう。何人の参列者が来るかわからないからな。線香をあげる時間もないようだと」


「それでしたらだいじょうぶです。葬儀といってもいらっしゃるのは父がとくに懇意にしていた七名だけです」

「そんなに少ないのか。十二桁の遺産がある人物の葬儀にしてはこぢんまりしすぎだろうに」

「父って、けっこう人見知りしたんですよ。事業の付き合いではかなりのやり手だったらしいのですが、私生活を共にできる人は極端に絞り込んでいたようです。向こうから近づいてくるのは金目当てだと疑っていたくらいですから」

「実業家といえば親類縁者でもないのに家族がなぜか増えていくものだからな」

 つちおか警部が苦笑いを見せた。


「まあいい。それじゃあ今から斎場に向かうぞ。喪主が遅刻したら洒落にならないからな」

「葬儀を準備していただいたのは神村弁護士の部下の方だそうです。こういう実務も経験しておくと、独り立ちしたときの強みになるから、と」

 警視庁入口の防犯カメラの映像を切ろうとしたとき、れいは不審な人物がいることに気づいた。黒のスーツを着ているようだが、フェイスマスクとサングラスそれと帽子を身に着けていて人相がわからない。警視庁にここまで怪しい雰囲気の来客があることはひじょうに稀だ。


「土岡警部、モニターの左上に映っている覆面の人物を探ってもらえませんか」

「なにか気になるのか」

「普通、警視庁に来る人は相談があったり手続きがあったりで、意外と顔がわかるようにしているはずです。新型コロナが流行っている今ですが、フェイスマスクを選ぶような人が警視庁に用事があるとも思えません。おそらくなにがしかの事件の関係者が情報を得ようとしているのかも。時期的には例の密室殺人の関係者である可能性が高いはずです」


「なるほど、それじゃあすぐにえいとうに尾行させよう。この映像を衛藤に転送する方法はあるのか」

「あるはずですが、まだそこまで詳しくないんです。おそらくこの量子コンピュータに転送先のアドレスを入れればだいじょうぶだと思いますが」

「それじゃあすぐにやってもらおうか」


 量子コンピュータのディスプレイの上部バーに「共有」の項目があり、そこをプルダウンすると「映像の共有」の項目があった。ここに衛藤のメールアドレスを入力してOKを押す。

「これで衛藤さんに映像を転送できたはずです。土岡警部、確認の電話をお願いできますか」

「わかった。ちょっと待ってくれ」

 そういうと土岡警部は電話をかけて、あれこれ指示している。


「地井、映像を見る方法はなんだ」

「メールにリンクが張られているはずです。それをタップしてもらえばだいじょうぶです」

「だそうだ、衛藤。メールのリンクを開いてくれ」

 その間に「イベントリレー」の項目をプルダウンして「追跡」を選択した。そしてマウスで対象の人物をチェックして「追跡開始」を押した。

「おそらくですが、これで衛藤さんのスマートフォンで問題の人物を追跡しやすくなったはずです」


「なにをしたんだ」

「そう難しいことではないのですが、近くにある防犯カメラ・監視カメラをハッキングしながら対象となる人物を追跡できるようにしたんです。まあ自動車に乗られると追跡は格段に難しくなるのですけど。その場合でもナンバープレートくらいは確認できるはずです」


「まさに量子コンピュータ様々だな。よし、衛藤。お前のスマートフォンに映っている人物を追跡するんだ。位置情報の共有は必ずやっておけ。すぐに応援を向かわせるからな」

 電話を切った土岡警部は衛藤の応援のために課員へ指示を出していく。ひととおり終わらせると、玲香に向き直った。


「あの不審者は、今回の事件の関係者かなにかか。地井、お前はどう見る」

「関係者の可能性は高いですが、警視庁って一般人からすると興味の対象ではあるんですよね。なので、興味本位でただのぞいていただけかもしれません」

「おいおい、ただのものさんを追跡させている可能性もあるわけか」

「可能性があれば徹底的に裏をとるにかぎります。一般人か関係者かをはっきりさせるのも捜査の一環ですよね、土岡警部」


「まあ、そうお前に教えたのも俺だしな。じゃあ、吉報を待つことにするか。で、時間はだいじょうぶなのか。喪主が遅刻したら洒落にならないぞ」

「そうですね。今から車で向かえば間に合うでしょう。それじゃあ土岡警部、斎場に向かいましょうか」


 カードキーを手にした玲香が先導する形で部屋を後にした。





(第3章B1パートへ続きます)

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