第2話 発端(A2パート)急報
「閉まっているドアを開けたらU字形のドアガードがかけられており、そこから
それでは大前提がわからない。
「なぜドアを開けなければならなかったのでしょうか。その動機が不明ですよね、警部」
「そうだな、なぜ第一発見者はドアを開けたのか、聞いたか」
どうやらなにかを隠したり置いたりしに来たわけではないようだ。
まあ怪しいものはすべて鑑識が確保しているはずだが。
「なんでもスマートフォンの着信音が大音量で流れていたらしく、不審に思った第一発見者がドアを叩いてドアノブをひねったら開いたのだそうです」
「まるで見つけてくださいといわんばかりの状況だな」
土岡警部の言うとおりだ。明らかに発見させようとする何者かの執念を感じさせる。
「はい、そのようです。第一発見者がドアガードを壊して中に入ったら着信音は消えたそうです」
「そりゃおかしな話だな。まるでどこかから行動を見ていたかのような状況だぞ」
「とりあえず、その第一発見者だけが現場に踏み込んだようですが、隣の住人も廊下で様子を窺っていたと聞いています。そちらの聴取も可能ですが」
確かに誰かが様子を見ていたようだが、そこまでタイミングよく第一発見者や隣人が現れるものだろうか。
そう考えてから二木を確認すると、彼女はローズゴールドのトートバッグからこれまたローズゴールドのスマートフォンを取り出した。それを操作せずに玲香へ差し出している。
「おそらく私が誘導したとお疑いですよね。発信記録を確認していただければ、今日は電話をしていないことがわかるはずです」
「今日は、ですか」
「はい、昨夜は電話で話をしましたが、今日はしていませんので。ドラマだと、警察の方なら私のスマホの発着信履歴とかが見られるんですよね。それを確認していただけたらわかります」
ここまで強く言い切るということは、どうやら二木にはアリバイがあるようだ。
「ガイシャの死亡推定時刻はいつだ」
遺体の周りでひととおりマーキングをした遺留品の撮影が終わった鑑識のひとりに土岡警部が尋ねた。すぐにフォルダーを開いてページをめくり即答する。
「死後硬直の状態から、前日の二十二時から本日の二時の間といったところのようです」
「ずいぶんと幅のある推定時刻だな」
「どうやら環境温度を細工されていたらしく、体の硬直具合や直腸温度などからはほとんどわからないそうです。死亡推定時刻も、殺した直後に冷やされていた場合と温められていた場合の幅だとお考えください」
「これじゃあ、ほとんどわからないも同然だな」
「あと、これは正式に鑑定しないとわからないのですが、カーペットの血溜まりは人間のものではない可能性があります」
「どういうことだ」
「おそらく被害者を刺して殺したあと、ナイフを抜かなかったことで血が固まってしまったようです。ですから、この部屋でナイフを抜いても血がほとんど出なかったことで動転したんだと思います。殺害現場がここである根拠がなくなったわけですから。で、急いで動物の血をぶちまけたってところでしょう」
動物の血とはどういうことだ。犯人はこの部屋にいた動物を殺したのか、自ら動物を持ち込んだのか。後者だとするとここで殺すために連れてきたことになるのだが。
部屋を見回すと大型の動物を入れておくケージが置いてあった。
土岡警部と鑑識の話を聞いていた玲香は、意識を二木に戻した。
「二木さん、飯賀さんは動物を飼っていたようですが。大型犬ですか」
「はい、レトリバーですけど。いないようですね」
ということはあの血はそのレトリバーのものということになるのだが。
「二木さん、あなたのスマートフォンのロックを解除していただけますか」
「わかりました」
玲香が差し出したスマートフォンを受け取ると、顔認証システムによってロックを解除し、それを差し戻してきた。
受け取った玲香は通話アプリの履歴を確認し、次いでメールやSMS、チャットアプリLIMEなどの履歴もひととおり確認していった。
「確かに履歴ではその時間に被害者のスマートフォンを呼び出していないようですね。ただ、通話履歴は削除できるものなので、携帯電話会社から発着信履歴を取り寄せたいのですが、二木さんご許可願えますか」
「はい、かまいません」
「それではスマートフォンを一時的にお預かりしてもよろしいですか」
「できれば返していただきたいのですが。予備は持っていますが、メインの端末は仕事にも使っておりますし」
「わかりました。それでは端末はお返しいたします。通話履歴の確認に必要な書類へサインをいただけますか」
玲香は先ほどの鑑識からA4の承諾書とボールペンを受け取って二木に手渡した。
ポンポポポポンポン。
玲香のスマートフォンに通話着信が入った。着信音が鳴っている。
スーツの内ポケットからグレーのスマートフォンを取り出して通話ボタンを押す。
「はい、どちらさまでしょうか」
〔そちらは
「はい、そうですが。どちらさまでしょうか」
〔私は弁護士の
「父が亡くなったのですか」
〔お父上から遺言書を預けられていまして、唯一の血縁者である地井様に病院へお越しいただきたいのですが〕
「父の遺言書、ですか。今仕事中なので、上司と相談してなるべく早くそちらに
神村との電話のやりとりを耳にした土岡警部が歩み寄ってきた。
「地井、なにか身内の不幸があったようだが」
「はい、父が虚血性心疾患で亡くなったそうです」
「いわゆる心不全か。事件性はないのか」
人が死ぬとすぐに事件性を気にするのは、捜査一課員の悪いクセである。
「弁護士の話だと自然死らしいです。心不全だとすれば苦しい思いをしたのかもしれませんね」
「代わりにひとり課員を呼び寄せるから、お前は早く病院に行ってやれ。亡くなったとしても父親であることに変わりはないんだからな」
土岡警部はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、捜査一課員を呼びつけた。手早く済ませると、土岡警部はあることに気づいた。
「そういえば地井、お前の父親ってかなりの資産家だったよな。巨額の遺産を引き継ぐことになるのか。そうなると面倒なことになりそうだが。ただ、引き継がなくても大変だろうがな」
「では土岡警部、お言葉に甘えてこれから父のもとへまいります。戻り次第捜査に復帰しますので、情報収集をお願いいたします。とくに現場の密室トリックと二木さんの発着信履歴の調査を頼みます」
つながったままのスマートフォンの通話に戻る。
「神村弁護士、父の遺体がある病院を教えてください」
病院名を聞き出した玲香は地下駐車場までエレベーターで降り、彼女が運転してきた覆面パトカーに乗って現場を後にした。
パトランプとサイレンはつけず、逸る気持ちを抑えつつ法定速度を守りながら亡き父の待つ病院まで走らせていった。
(第1章B1パートへ続きます)
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