第13話 再会

「疲れたのにゃ、もう一歩も動けないのにゃ」


余は普段着から寝間着【ネグリジェ】に着替えると、うとうとしながらベッドの中に入り込んだ。


深夜に外出したことが露見し、烈火の如く激怒した母様のお説教と令嬢教育から解放されたのは、寝る間際になってのことだった。


色々と騒がれると嫌だから結界魔法のことは、家族にも秘密にしている。


国境を越えて侵入を図ろうとしていた魔族を返り討ちにしてきた、とは口が裂けても言えない。


弟のギルは何か感づいている様子もある。


何も言ってこないから見て見ぬ振りか、黙ってくれているのだろう。


ベッドに入って程なくすると、肌触りの良いシーツとふかふかの掛け布団が余の体温で暖まって心安まる至福の空間へと変わっていく。


日中、下僕達が丁寧な掃除を行ってくれた部屋には、ゴミや埃は見当たらない。


澄んだ空気漂う部屋で綺麗に整えてくれたベッドでぐっすり寝る。


こんな楽しくて、癒やされる時間が他にあるだろうか。


目を瞑った余は、至福の空間と時間を満喫しつつ眠気に意識を任せた。


目覚めの良い、朝を期待して。

 


「ミオちゃん、ミオちゃん。おきて」


「……んにゃ?」


聞き慣れない声と瞼に当たる強い光を感じて目を覚ますと、そこは何もない真っ白な空間がどこまでも続いていた。


はて、何処かで見たことのある景色だにゃ。


しかし、寝起きで頭が働かない。目を擦りながら思い出そうとしたその時、「あ、やっと起きたわね」と背後から再び声が聞こえてくる。



だが、同時に声の主と場所が余の中で繋がり、ハッとしてその場から飛び退いた。


声の聞こえた方を見やれば、忘れようと思っても忘れられない存在が十数年前と同じ姿で何食わぬ顔で不敵に笑っている。


「あらあら。『また』、驚かせちゃったわね」


「……いくら呼んでも、余の呼び出しに応じなかったくせによくいうにゃ。それで、今頃になって何用にゃ、リシス」


目の前にいたのは『今世でも家ネコ生活を送れる』と言って、余を現世界に転生させた張本人こと女神リシスである。


あの時のことは忘れもしない。


転生時、何か不都合や困ったことがあれば心で念じれば答えるから、とリシスは言ったのだ。


ところが、いざ転生してみれば『様々なことが話と違っていた』のである。


そのため、文句を言うべく連絡するもこの嘘つき女神は十数年音沙汰なしだったのだ。


「連絡の件はごめんなさいねぇ。でも、私も女神としての仕事が忙しくてね。ミオちゃんの連絡通知が他の案件で押し流されちゃって気付くのが送れちゃったのよ」


リシスは軽くして舌を出しながら破顔するが、余からすれば余計に腹が立つ。


「お前の都合なんて知らないのにゃ。余は前世同様の『家ネコ生活』が満喫できるから、転生したのにゃ。それなのに令嬢教育やら魔王討伐とか、面倒臭いことが多すぎるのにゃ」


「あら、そう。なら……」


余が指を指してビシッと告げると、リシスは目を細めた微笑んだ。


しかし、次の瞬間、彼女の姿が目の前から消えた。


あれっと呆気に取られるが、即座に背後からとてつもなく冷たい殺気を感じて背筋がゾッとする。


「もう一回死んでみる。ただし、次の転生には特典はないけど」


「……⁉」


声色は優しいが直感する、リシスは本気だ。


「ミオちゃんがどうしても今世が嫌って言うなら、しょうがないわね。次は蜘蛛、スライム、アメーバ。あ、自然界では生存率0.1%以下と言われる『イカ』とかも良いかも。今世の転生ボーナスは、あくまで前世の話だからね。今死んでも、今世では何も成し遂げていないから来世が過酷になることだけは約束してあげる」


「お、横暴にゃ。沢山の人に慕われる女神様がそんな発言していいのかにゃ」


絞り出すように問い掛けると、リシスは「ふふ」と噴き出した。


「そうよ。私達は気まぐれで、公平で、冷徹で、ホラ吹きで、たま~に良いことをするの。だから、時代によっては女神と讃えられることもあれば、悪魔と罵られることもある。そんないい加減な存在なのよ」


そう言うと彼女は背後から消え、正面に現れて満面の笑みを浮かべた。


「さて、それでも今世が気に入らないというのなら残念だけど、もう一回転生してみる」


「もういいのにゃ。そもそも、余は一言も転生したいなんて言ってないのにゃ。母様、父様、ギルや屋敷の下僕達も好きだしにゃ。余は連絡の返事がなかったことと、当初の話と現状が違うこと文句が言いたかっただけにゃ」


とりあえず、リシスを怒らせると碌でもないことになることだけは今の会話でわかった。


彼女は彼女で猫を被っていて、今のが本性なのだろう。


余はため息を吐いて頭を振ると、「それで……」と話頭を転じた。


「こんな形で急に連絡してきた理由を教えてほしいにゃ」


「そうね。言うなれば、お詫びと訂正。そして、とあるお願いをしにきたの」


リシスは軽く頭を下げた。


「まず、ミオちゃんの希望していた『家ネコ生活』についてお詫びするわ。実は、ちょっと計算を間違って魔王復活の時期に転生させちゃったのよねぇ」


「……そんなことだろうと思ったにゃ」


顔を上げて笑い始めた彼女の言動に、余はどっと力が抜けて額に手を添えながら俯いた。


「本当なら、魔王復活時期とずらして転生させるつもりだったんだけどね。ということで、『家ネコ生活をできる』ではなくて『家ネコ生活に近い形ならできる』に訂正ってことでよろしく」


「はぁ、もうその件は今更どうでもいいにゃ」


何がどう『よろしく』なのか。ため息しか出てこないが、余は顔を上げて尋ねた。


「で、とあるお願いってなんにゃ」


「実はそれが今回の目的なの」


リシスは笑顔から真顔に切り替え、急に凄んできた。


「ミオちゃん。貴女には魔国メンデリスの王都バゴートに行ってほしいのよ」


「……は?」


余は思わず首を捻ってしまった。


魔国メンデリスとは、人族がほとんど立ち入らない魔族の国である。


王都となれば魔族達の中枢だ。


先日、王のクラウスや大臣のジャスネに頼まれた内容に限りなく近い。


違う点を上げるなら、『魔王討伐』が無くなっただけである。


「な、なんで余がそんなことしないといけないのにゃ」


「そ、れ、は……」


リシスは再び破顔して勿体ぶる言い方をしてくる。


やっぱり、腹立つこの女神め。


「ミオちゃんが家ネコ生活を送り続けるためよ」


「どうして、余が魔国に行くことに家ネコ生活が関係するのにゃ」


「まぁ、話すと少しながくなるんだけどね」


彼女が肩を竦めから指を鳴らすと、余とリシスの間に机と椅子が出現する。


机の上にはお茶とお菓子も用意されていた。


「座って、ミオちゃん」


「じゃあ、お言葉に甘えるにゃ」


言われるがままに椅子に腰掛けると、リシスはお茶を飲んで「ふぅ」とゆっくり息を吐いた。


そして、どこか遠くを見つめ始める。


一応、彼女が向ける視線の先に一瞥するが、真っ白な空間があるだけだ。


「そう。あれは、まだ魔王も勇者も存在していない頃まで話は遡るわ」


リシスは懐かしむように呟くと、急に語り始めた。





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前世家ネコの勇者は家ネコに戻りたい MIZUNA @MIZUNA0432

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