第12話 ミオの失態

「い、良いだろう。そこまで言うなら、俺様が先攻だ」


ランガは余に怯えたらしく、全身を身震いさせながら両手持ちのハンマーを肩に抱えて構えた。


中々の魔力が全身鎧の隙間から魔力から溢れ出している。


「ミオ・ルルクラージェだったか。俺様を怒らせたことを黄泉の国で後悔するがいい」


彼はそう叫ぶながら両手持ちのハンマーを振り下ろしてきた。


決闘を受けた以上、余はこれを受けないといけないわけだ。


しかし、流石に頭で直接受けなくても良いだろう。


余は両手を掲げ、落ちてくるハンマーを受け止める姿勢を取った。


次の瞬間、余の手にハンマーが勢いよく打つかると、込められていた魔力が爆発。


爆音が轟いて余とランガが立っていた場所を中心に爆風が吹き荒れ、煙が立ち上がった。


「ゴホゴホ、痛いのにゃ。ちょっと待つのにゃ」


受け止めたハンマーから両手を離すと、目と鼻を擦った。


余の身体、服、足下の地面は無傷だが舞い上がった土煙まではどうにもならない。


土煙で咽せた上、目に砂が入ってしまったのだ。


顔を擦りながら周囲を見やれば、ランガの一撃で余とランガの足下以外の地面はえぐれて大穴が出来上がっている。


「な、ななな……⁉」


戸惑った声が聞こえてきて前に視線を戻すと、ランガが何やら戦いた様子で後ずさりしていた。


「お、俺様の全力の一撃だぞ。七本槍の奴等でも相当なダメージを与える威力を誇るというのに、無傷だと」


「なんにゃ。七本槍ってこの程度の奴等なのかにゃ」


じゃあ、七本槍とやらを従えてた魔王とやらは、クラウスやジャスネの言う程に大したことはなさそうである。


「ぐ……。これぐらいで調子に乗るなよ。攻撃は上手く受け流したのかもしれんが、小娘如きが俺を倒せる一撃など放てるはずがない。さぁ、今度は貴様の番だ。何処からでも掛かってこい」


ランガはハンマーを両手で力強く握りしめ、足を大地に踏みしめた。


兜で顔の表情は窺えないが、きっと歯を食いしばっていることだろう。


「わかってるにゃ」


余はため息を吐いて肩を竦めると、ランガの目の前まで足を進めた。


そして、彼の鎧に片手を添える。


「何をしている。さっさと全力で打ち込んで来るがいい。言っておくが、俺様がこの一撃を耐えた後、貴様の命は無いと思え」


「はいはい。じゃあ、遠慮なくやらせてもらうにゃ」


余は相槌を打つと、全身に魔力を張り巡らせていく。


打ち込む場所を凝視しながら深呼吸をして集中力を高めていくと、全身の力を一気に解放して右手の拳を繰り出した。


「猫猫正拳突【まおみょうせいけんづ】き、にゃ」


次の瞬間、ゼロ距離で放たれた余の拳から爆音と衝撃波が発する。


ランガの鎧は障子紙を貫くように拳が貫通して砕け散った。


『突然だが諸君に説明しよう。貓貓正拳突きとは、いわゆるただの貓パンチ(ミオにとっては)である。


しかし、侮ってはいけない。


貓パンチとは、一説において時速八十キロもあるとも囁かれているのだ。


そして、今のミオは祝福の勇者(眠子)素質五等級によって、人の姿にして貓の力を身体に宿していた。


猫は静止状態から一気に最高速度で走りだすことが可能と言われるほどに柔軟な身体の持ち主でもある。


それらの能力を人かつ祝福された勇者が扱うとどうなるのか。


そう、ミオの正拳突きの速度は音速、亜音速【アオンソク】、遷音速【センオンソク】を越えた超音速【チョウオンソク】の拳となるのだ。


(転生神リシスの声)』


余の拳にランガの皮膚、というか鱗が触れたと思ったその時、彼は声を発する間もなく夜空に向かって吹き飛んだ。


「あ、これでも少しやり過ぎたかにゃ」


「ぬげぁあああああ」


ハッとした時には、悲痛な叫び声と共にランガは勢いよく吹き飛ばされてあっという間に夜空の星となってしまった。


かなり手加減をしたつもりだったのが、まさかあそこまで勢いよく飛んで行くとは驚きである。


まぁ、魔族が住む方角に飛んで行ったから、結果的にはこれで良かったと思うことにしよう。


何にしても、これで余の縄張りに入ってくる輩はいなくなったわけだ。


周囲の気配も探ってみるが、特に不審な問題もなさそうである。


これで、一件落着と見て間違いないだろう。


そう思うと、急に身体がだるくなって眠気が襲ってきた。


「はわぁ~……」


欠伸をして背伸びをすると、余は顔を擦りながら自宅のある方角に振り向いた。


「帰って寝るにゃ」


全身に魔力を這わして跳躍すると衝撃音が轟き、狂風が吹き荒れるが周囲には人の気配も住処もないから問題ない。


屋敷近くの郊外に降り立つと、姿勢を低くして月と星明かりだけの夜道を颯爽と駆けていく。


余の目は月明かりや星光さえ有れば、夜でも視界は日中と変わらないのだ。


直接屋敷周辺に降り立っても良かったのだが、そうなると着地点でそれなりの衝撃音が轟いてしまうのだ。


そうなれば母様、父様、ギルに夜中に抜け出したことがたちまちばれてしまう。


以前、抜け出したことがばれた時は、母様から12時間。


つまり、半日以上のお説教を受けて地獄を見たことがあるのだ。


しかし、前世家ネコとはいえ、猫は猫。


余が本気になれば、誰にも見つからず、悟られずに部屋に戻ることは造作もない。


屋敷周辺を警備している下僕こと兵士達に気付かれないよう、音も無く敷地内に入り込むと、勝手知ったる庭を進んで自室の露台に飛び上がった。


念のため露台から周囲を見渡すが、気付かれた様子はない。


「よし。今度こそ、朝までぐっすり眠れるにゃ」


余はベッドに飛び込むと、そのまま目を瞑って眠気に意識を委ねるのであった。



おきなさい。おきなさい、私の可愛いミオ。


夢の中で母様の優しい声が聞こえた気がした。


でも、余はまだ眠くて、起きたくない。


だって、よくわからん輩を縄張りに入らないよう追い払ったのだ。


もう少し寝ていても、罰はあたらないだろう。


「いやにゃ。もう少し寝たいのにゃ」


「何を寝ぼけているの。今すぐ目を覚まして説明しなさいと言っているんです」


寝ぼけながらに夢の母様に向かって答えると、怒号の返事が轟いて掛け布団が思いっきり剥がされた。


露台の窓が開いているらしく、朝の冷たい風が容赦無く余の身体を冷やしていく。


「な、何するのにゃ。朝から酷いのにゃ」


目を擦りながら身体を起こすと、部屋の掃除をしてくれる下僕(メイド)達の顔色が真っ青になっていて、母様は笑顔だが額に青筋を走らせていた。


「酷い、ですって。酷いのはこの惨状です」


「さ、惨状ですかにゃ」


母上に凄まれ、眠気が一瞬で吹っ飛んでしまう。


惨状と言われた周囲を見渡すと余は「あ……」と言葉を失った。


露台からベッドまでの続く床が泥の足跡にまみれ、ベッドと剥ぎ取られた掛け布団にあたっては泥と砂だらけになっている。


夜に出かけた時、余は裸足だったから足裏が真っ黒だったのだ。


加えて、輩の一撃で寝間着(ネグリジェ)と髪が砂まみれになっていたのである。


帰って来た時、その状態のままベッドで寝てしまったから、当然ベッドは泥と砂で大変なことになっていたのだ。


余の様子を見にきたメイドが異変に気づいて、すぐさま母様に報告をしたんだろう。


「ミオ。さぁ、説明してもらいますよ。貴女、また勝手に出かけたんでしょう」


「ひとまず落ち着いて聞いてほしいのにゃ。これにはちゃんとした理由があって……」


「やっぱり、そうなんですね」


弁解をしようとしたところ、母様は呆れ顔を浮かべて頭を振った。


「貴女は貴族令嬢なんですよ。それなのに寝巻きのまま深夜に、それも裸足で出かける人が何処にいますか」


「え、えっと。ここにいるかにゃ」


余が首を傾げて自身を指差した直後、母様から何かが切れる音がした。


次いで、母様の髪が一気に逆立ち、鬼の形相となって目から強烈な光が放たれる。


「ミオ、今日という今日は絶対に許しません」


「いにゃぁあああああ」


その日、母様のお説教と令嬢教育は夜遅くまで続いた。





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