第11話 縄張り

余がクラウス達との話し合いを終えた頃、縄張りの境界線に張っていた結界に反応があった。


どうやら、何かしらの悪意を持って結界を越え、縄張りに侵入しようとする者がいるらしい。


やれやれ、また『よそ者』かにゃ。


城の帰り道を歩きながら、余は深いため息を吐いた。


魔族と人族は、過去の経験からそれぞれに住む地域が棲み分けされているらしい。


だが、それでも時折、魔族が人族の世界に入り込むことがあるのだ。


目的は商売、観光など様々あるらしいが中には悪意を持って入り込んでくる輩もいる。


そんな輩に父様の領地なり、人族に被害が出れば、勇者の家系に生まれた余の家ネコ生活は更に遠のいてしまう。


そこで、余の縄張りに入った『悪意を持つよそ者』を常に把握できるように結界を張った。


該当する者が近づけば、余にすぐ知らせが届くという寸法だ。


しかし、結界に近づてくるぐらいでは、余は動かない。


だって、面倒臭いからである。


悪意を持った輩だとしても、境界線周辺をうろつくことはよくあることだ。


実際、過去にも何度もか結界付近に輩が近づいたことがある。


だが、どういうわけか、輩共は暫くするとほとんどが去ってしまう。


だから、今回もほっといて平気なはず。


そう思いながら余は屋敷に帰り着き母様、父様、ギルに無事王様に挨拶できたことを告げ、いつも通りに過ごし、日は沈み、夕暮れとなる。


夕食を家族で食べると、余は寝間着に着替えて床に着いた。


だというのに、今回の輩は未だに境界線近くで固まっていたのだ。


こいつは、一体何がしたいのにゃ。


昼間からずっと境界線で棒立ちしているなんて、余っ程暇な奴だにゃ。


おかげで、いつまで経っても熟睡できないのにゃ。


やがて日が沈み、月明かりが夜を照らし始めると、輩に変化が起きる。


結界を越えようと、足を上げ始めたのだ。


なんということにゃ、もうすぐ眠れるというところで結界魔法による警戒音が耳に響きわたる。


余は結界を通して輩に想いが伝わるように念じた。


『その線を越えてはならないのにゃ。越えたら、余が行かなければならないのにゃ』


だが、輩は何を思ったか結界をそのまま踏み越えてしまったのだ。


「……今日は厄日だにゃ。クラウスから魔王退治をどうこう言われるし、結界を越える輩まで現れる。全く、リシスには恨みをいくら吐いても足りないにゃ」


余はベッドからゆっくり起き上がると、露台に続く窓を開けた。


夜風が冷たく、頬を撫でる。


ちょっと眠気が覚めた気がした。


「よし、とっと終わらせるにゃ」


全身に力を込め、露台で跳躍すると刹那の間に目的に辿り着く。


ただ、周囲は余が片膝をついて着地と共に地響きが轟き、狂風が吹き荒れ、土煙が舞ってしまった。


眠いし、面倒臭いのにゃ。


片膝を着いた姿勢のまま、手で目を擦っていると「な、何者だ。貴様……⁉」とどすの聞いた低いしゃがれた声が聞こえてくる。


気配のする方を横目で見やれば、余の身長の二倍以上はありそうな全身鎧が両手持ちのハンマーで身構えていた。


鎧のせいで顔も種族もわからないが、結界から伝わってきた感じから間違いない。


朝からずっと結界周辺でうだうだとしていた迷惑極まりない奴だ。


余は欠伸しながら立ち上がると、「う~……ん」と背伸びした。


「ミオ・ルルクラージェ。お前が不躾に入り込んだ縄張りの主だにゃ」


「そうか。貴様が人族の『勇者』だな」


「……そういうお前は誰にゃ」


勇者と呼ばれ、今朝のクラウスやジャスネと行った会話が脳裏に蘇る。


肯定すれば、とても面倒臭いことになる気がしてならない。


顔を顰めて睨み付けると、余の感情に呼応して意図せずに魔波が吹き荒れてしまった。


しかし、全身鎧は動じずに前に出てくる。


「俺様の名前はランガ・ジャルーグ。魔王様復活後、七本槍として支えることになるであろう。竜人族の戦士にして、魔王軍の将校だ」


「七本槍に竜人族の戦士……ってなんにゃ?」


魔王と魔王軍は察しが付くが、七本槍も竜人族は聞き慣れない。


というか、聞いた記憶が無い。


首を傾げると、ランガは豪快に笑い出した。


「平和ボケした人族ではわかるまい。七本槍とは千年前、魔王様を支えて大活躍した魔族を讃えたものだ。今では、玉座不在の魔国メンデリスを運営する重要人物達の総称でもあるのだぞ。そして……」


ランガは含みのある物言いをすると、兜外した。


「竜人族とは、このように竜の力を受け継ぐ魔族だ。どうだ、恐れ入ったか」


彼はそう告げると、何故か豪快に「ガッハハ」と笑い出した。


お目見えした顔は緑の鱗に覆われ、頭に髪はない。


ワニのように突き出た口と歯を持ち、目の角膜は茶色だが瞳は蛇のような縦長で黒いようだ。


あ、この顔は色が少し違うけどあれだにゃ。


前世家ネコの時、たまに外に出た時に見かけた茶色の蜥蜴だにゃ。


前足で小突くと尻尾が切れてうにょうにょするから、結構楽しい遊び相手だった。


「ほう、俺様の顔を見ても恐れんか。やはり、ただの小娘でないようだな」


何やらランガは感嘆しているが、余からすれば只の大きい蜥蜴である。


何を恐れることがあるのか。余はやれやれと肩を竦めた。


「へぇ、魔国とやらにはそんな仕組みがあるんだにゃ。でも、さっきの話から察するにお前はその七本槍ではないんだにゃ」


「うぐ。まぁ、今はな。だからこそ、こうして勇者を……」


ランガが何を言い切る前に、頭が冴えた余は指をビシッと指した。


「つまり、お前は魔王軍とやらの三下の蜥蜴【とかげ】だにゃ」


「な……⁉ ち、違うぞ。俺様は魔王軍の将校だといったはずだ。それに、蜥蜴ではない。竜人族だ」


顔を真っ赤にして否定する様子を見るに、間違いない。


こいつは三下だにゃ。


でも、そう考えると、余はちょっと同情心が生まれてきた。


「そうだにゃ。お前はそう言うしかないんだにゃ」


「な、なんだと?」


ランガが首を捻ると、余は全身鎧の腹部分をぽんぽんと叩いた。


本当は肩を叩きたかったが、手が届かない。


「仮にお前が魔王軍の将校だとして、何故こんなところにいるのにゃ。普通、軍というのは数で来るものにゃ。現状から察するに、お前は魔王軍で三下の斥候で、武功を立てようと一人でやってきた御上りさんにゃ」


「ぬ……⁉ き、貴様。どこまで愚弄するか」


図星だったらしく、ランガの顔に青筋が走って小刻みに震えている。


「こうみえて、余は察しがいいのにゃ。根性試しで結界を越えただけなら、さっさと帰るのにゃ。今なら許してやるのにゃ」


「許されるつもりも、帰るつもりもないわ」


ランガは怒号を発して魔波を吹き荒らして飛び退くと、兜を被ってハンマーを構えた。


「ミオ・ルルクラージェ。貴様が勇者だろうが、ただの小娘だろうが。俺様を馬鹿にしたこと。断じて許せん。従って、魔族流決闘様式『交代制攻防戦【ターンバトル】』を受けてもらうぞ」


「魔族……なんだってにゃ?」


「魔族流決闘様式交代制攻防戦【ターンバトル】だ。説明してやろう」


彼はそう言うと、簡単に説明してくれた。


曰く、魔族は正々堂々と正面からの打つかり合いを好むらしく、事前に先攻後攻を決めて互いに全力の攻撃を受け合うそうだ。


基本的に最初に攻撃する先行有利な決まりだが、格上が後攻となることで挑戦者を真っ向から返り討ちにできるかという部分も重要らしい。


「……というわけだ」


「はぁ、面倒臭いことを考えるんだにゃ」


ため息を吐いて呆れていると、ランガが再び笑い出した。


「怖じ気づいたか。まぁ、俺様相手ではしょうがないがな。だが、安心しろ。今回は俺がこ……」


「おい、三下蜥蜴。お前のいう方法で決闘してやるから、さっさと全力で打ってこいにゃ」


余は首を左右に振ってこきこき鳴らすと、ランガに右手の甲を向けて『掛かってこい』と手招きした。


こういう御上りさんは、一度痛い目を見ないとわからないものにゃ。


若い雄猫が母猫の縄張りを旅立ち、古強者の雄に縄張り争いでこてんぱんにされるように、にゃ。





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