神様がくれたお弁当
イタミノサケ ケサノミタイ
神様がくれたお弁当
美術大学を卒業した息子が、遠く離れた土地で農家になった。
女性のように白くやわらかだった手は、褐色に日焼けしてたくましくなり、絵筆を捨てトラクターのハンドルを握るようになっている。
学生時代は絵の具やスプレーで汚していた作業着も、今では土や草の汁にまみれていることだろう。
一方、母親の私は子育てへの後悔と反省、そして安堵感にまみれている。
遠い東北の小さな村で田畑を耕し、暑い日も寒い日も自然と向き合いながら働く息子の姿に、尊敬の念を感じながら。
子どものころから繊細で傷つきやすい息子だったが、食欲だけは人一倍あった。
傷つくけれど食べれば元気になるタイプだったので、学校へ持っていくお弁当は、パッと見て元気になれるものが私なりのこだわり。
私の名前を冠した「ヒロミスペシャル」は、ネーミングにウケてくれるのでお弁当のレギュラー入りを果たした。前の日の夕食をお弁当用に残しておく手抜き弁当でもある。
丸くて大きな耐熱皿に、ハンバーグ種やマッシュポテトを敷き、その上からカレーの残りまたはシチューの残りを重ねる。色どりにプチトマトやピーマンを飾り、チーズをのせてオーブンで焼き上げるという、華やかなのに簡単な料理なのだ。
その時々で重ねる食材が変わるため、「ヒロミスペシャル」にはさまざまなバージョンが存在する。冷凍パイシートで包むときもある。
食べ盛りの男子を満たすためのボリュームも満点。ピザのように切り分けるのだが、お弁当箱で幅を利かせてくれるので、たくさんのおかずを用意せずに済む。
シウマイや玉子焼きも好評だった。
「友だちに分けたらメチャクチャうまいって言われた」
とうれしそうに帰宅した日もあった。その言葉は褒め言葉としてうれしく思う反面、息子への申し訳ない気持ちを埋めてくれる慰めでもあった。
おいしいお弁当を作ることが、息子への「つぐない」だったのかもしれない。
思えば、私にとって息子は初めての子育てで、教育熱心になりすぎていた。
湯船の中でかけ算を言わせたり、早朝から学習ドリルをやらせたり…。あれもさせたい、これもさせたいと、塾や習い事にも通わせた。
でもそれは、息子に遊ぶのを我慢させてまで強行した、単なる私の傲慢だった。
おかげで息子は見事な勉強嫌いになり、顔にチック症状も出るようになる。
勉強は一切せず、絵を描くことで自分自身の存在を確認するかのようにのめり込んでいった。
やがて息子は、進路に美術の道を選ぶことになる。やれやれ、アーティストとして活躍していくのかな、何かスゴイ賞とか受賞したりして…、と再び傲慢な心が顔を出し始めた頃、今度は農家になると言い出した。
未経験でできるのだろうか、繊細な人間にできるのだろうか、など疑問ばかりが頭の中をぐるぐる巡る。
だが、息子はすでに繊細で傷つきやすい子どもを卒業していた。
一人の人間として生きているのだ。
農家になるための手順を全て整え、農業の修行をするための働き口を見つけていた。
昨年、初めて自分の田んぼで収穫した新米を私の元へ送ってくれた。
米が重たいのは、米作りの大変さを物語っている。
米が白く美しいのは、作り人の心を映している。
米袋を空けると、白くて美しい粒が米袋の端からさらさらと音を立てて流れた。
子育てに傲慢だった私の心も、米の音と一緒にきれいに流されていった。
息子の作った米を炊き、おにぎりにして近所の公園で一人ランチを楽しんだ。
太陽の光を受けて、米粒がキラキラ輝いている。
まるで、一粒一粒に神様が宿り、全てはうまくいくよと笑ってくれているようだった。
神様がくれたお弁当 イタミノサケ ケサノミタイ @omila
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
転べばいいのに/平 遊
★42 エッセイ・ノンフィクション 連載中 14話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます