リザ・イージスは最強だけど、守られるべき女の子!

渡貫とゐち

最硬の少女


「おかえりなさいませ、リザ様!」

「うん、ただいま戻りました」


 男性に負けないほどの長身と、傷のひとつもない鎧。

 細く見えるが質の良い筋肉がしっかりとついている腕と足。


 女性らしさと色気は存分に残しながらも、彼女は獰猛な獣のように他者を寄せ付けない。

 討伐依頼が出るような魔物がすぐ傍を歩いているようなものだからだ。


 リザ・イージス。

 艶やかな黒髪を揺らした彼女は、ひと仕事を終えてきたのだ。


 カウンター席を挟んで受付嬢と目を合わせる。

 その様子を、周囲の冒険者たちはついつい目で追ってしまう。


「依頼成功だよ。極寒の地の、古代竜……大したことはなかったかな。……ついでに奴の行動パターンを書き留めておいた。もちろん鵜呑みにしない方がいいが、初心者冒険者への助言として活用してくれると嬉しい」


「ありがとうございますー。では報酬をお渡ししますので、少し待っていてくださいねー」


 リザと比べてしまうせいか、幼く見える受付嬢が、とたた、と足音を立ててカウンター席の向こう側からさらに奥へ引っ込んでいく。

 報酬の額が上がると、さすがに大量の金貨をそのまま渡す、となるとギルドの金庫がすっからかんになってしまう。


 ので、リザの場合は金貨ではなく同価値の宝石に換えているのだ。

 金貨に換えずに取っておくこともできる。他国では高く売れることもあるが……まあ、時期によるだろう。


 立ったまま待っていようと思ったリザだが、バックヤードからどんがらがっしゃん! とポンコツな音が聞こえてきたので溜息を吐き、カウンター席を離れる。どうせ受付嬢のミスだろう。


 視界の端に見えていた別の職員が助けにいったので、解決まではそう長くはならなさそうだ。

 近くの……空いた席に座る。

 彼女のひと睨みで男性冒険者が席を譲ったのだが。


 がしゃん、と鎧の音を響かせ、腰を落ち着かせたリザ。

 周囲の視線が突き刺さるが、彼女は知らん顔をしてなにもない机に視線を落としていると、


「あっ、リザ姫じゃないっすか」


 と、軽薄そうな男が声をかけてきた。

 ……男、いや、まだ若い青年だ。

 あどけない表情を残しつつも、体はきちんと青年である。

 軽薄そうであり、なおかつ軽装だった。冒険者なら……心許ない装備である。


「ええ、リザよ。私になにか用? こんな格好の私を口説いても、君が望むようなことはできないが」

「へえ。じゃあ、鎧同様に処女も鉄壁なんですか?」


 咄嗟だった。

 腰に差していた剣を抜き、青年の首、寸前で止める。


 ついついやってしまった、と後悔しながらも、いいやこれは仕方なかった、と自己弁護。

 ……しかし、やはり大人気なかった、と反省だ。


「言葉に気を付けたまえよ。大人をからかうものじゃない。それに、女性に言うべきことではないな。……少なくとも男が口にするべきことじゃない。ただし、死にたいなら殺してやるが?」

「まあまあまあ」


「今の一撃に殺気はなかった、とは言え、私が寸止めすることを分かっていたようだな。私が人間を殺すわけがないと高をくくっているなら考えをあらためた方がいい。魔物同様に、殺す時は殺すぞ」


「だとしても、この程度の冗談で首を刎ねることはないですよね?」

「それは……まあそうだな」


 彼の首筋に添えた剣を引き戻す。

 腰の鞘に剣を差したリザが、眉をひそめて目の前の青年を観察する。

 あどけない顔だ。そしてこのあどけなさは、記憶の片隅に……。

 見覚えがある……。


「変わらないですね、リザ姫」

「それだ。そのリザ姫、という呼び方……今や誰も私のことを姫とは呼ばんよ」


 なのに、彼は呼んでいる。


 ベテラン冒険者でも太刀打ちできない巨大な魔物にひとりで挑み、傷ひとつつかずに討伐をして帰ってきたリザのことを、誰もが魔物以上に化物だと感じている。


 敵意がなくとも町の中に魔物がいるような周りの対応は、慣れる前は深く傷ついたものだった……。が、慣れてしまえば一切、なんの感情も抱かなくなったが。


 姫。

 確かに初心者冒険者だった時のリザは、鎧を身に着けていなかったし、今の彼よりも軽装で、機能性よりも見た目重視だった。

 姫と呼ばれてもおかしくはない見た目をしていたが……遠い昔のことだ。

 ……時間が経つのがとても早い。


「…………君、もしかして昔の私を知っているのかね……?」


「知ってますよ。肩を出したフリフリのドレスを着て、ギルドで毎日はしゃいでいた姿を見てましたから。覚えてませんか? いつも姫の後ろをついていこうとしては撒かれていた、あのエロガキですよ」


 エロガキ……、という言葉に引っ掛かることがあり……リザが目を伏せた時、繋がった。


 十年前。リザが初心者冒険者だった頃――――

 軽装よりもさらに薄いドレスを纏ってギルドにきては冒険者になりたいと駄々をこねていた、あの世間知らずだった幼い時代。

 ……リザに花束を持ってきた男たちがたくさんいた中の、最も小さかった男の子。

 当時、彼はまだ九歳だったはずで……――もしかして。


「……え、もしかして、サム……?」


「はい、あのサムです。エロガキで尾行が下手くそで、膝を擦り剥いただけで泣いていたあのサムです!! スカートめくりはリザ姫にしかしていませんよ! 約束は破っていません!!」


「私にもしたらダメでしょう。……ともかく、あのサムなのね? 久しぶりね……大きく……そりゃ十年も経っていれば大きくもなるわよね……」


 十年間、彼はリザの前に顔を出さなかった。


 消息不明、と言うと大げさだが、仕方ない親の引っ越しかなにかで従うしかなかったのだろう、と当時は思ったのだろう……。

 リザも正確に自分の感情を思い出すことはできなかった。


 だって十年前の話である。

 当時の彼女からすればサムのことなど懐いてくる年下の男の子程度にしか思っていなかったのだから。当然、いなくなったことに、あれ? とは思っても、そこから「調べてみよう」とはならない。リザもリザで、色々と壁に当たっていた時期でもあるのだ。


「ええ、十年もあれば……オレも強くなりましたよ」


 軽装だからこそ分かる、鍛え上げられた筋肉。

 まだ細いが、膨らめばいいというものでもない。

 出せる速度を維持しつつ、パワーも出せるように調整された鍛え方だった。


 軽薄そうな幼い顔と昔から変わらずの金髪は、やはりリザからすれば減点対象だったが。


 屈強なおじさまには程遠い――である。



「あ、お待たせしましたリザ様っ、こちら報酬の宝石になりますー」


 と、あどけなさを残しながらもきちんと大人であり、リザよりも年上の受付嬢がやってくる。

 向き合うリザとサムの会話に割って入るところは、仕事優先だったのだろう。まあ、受付嬢からすれば、口説いている男からリザを守ったのか、しつこく口説いて返り討ちに遭う前にサムを助けたのかは分からないが――。

 サムは邪魔が入ったことにむすっとしながら、文句は言わなかった。


「ありがとうございます」

「またのご利用をお待ちしてますね、リザ様」


 太陽のような満面の笑みを残して去っていく受付嬢。

 男性冒険者たちは一瞬で目を引かれ、受付嬢を視線で追う。嫌な注目のされ方をしていたリザは、やっと人の目がなくなった、と安堵したところで、じっと目の前から突き刺さってくる強い視線に気づく。

 いや、もっと前から気づいていた。意識しないようにしていただけだ。


 サム。

 彼が、前のめりになった。


「リザ姫、ちょっと頼みたいことがあるんすけど」

「私は高いぞ」

「いやらしいことはしませんって」


「そういう意味ではないが。……そういうことはもちろんなしだ。それ以外で……金で動こう。高いがいいか?」

「はい。いくらでも出せます。足りなければ体で稼いできますよ!!」

「無茶なことをしてか? 自分を大切にしない子は嫌いだな」


 ずばりと言い当てられ、さらには否定されたことでしゅんとするサム。

 リザは内心で微笑しながら――まるで昔を取り戻したかのようだった。


 自然と、表情筋が緩んでくる。


「それで、用件はなにかね。無理難題でなければ手伝うが」


「オレと冒険者パーティを組んでください」


 リザは、またか、とついつい思ってしまった。

 自分の『防御力』を頼りにする冒険者が多いのだ。しかし、求めるのは、そりゃそうだろう、と思うほどには高い性能を持っているのだから当たり前なのだが。

 しかし、信頼関係もなくまるで道具のように欲しいと言われても一切、感情など動かない。


 囮になってくれ、と言われて、はいいいですよ、と言うわけがないのだ。

 そういうところを分かっていない。

 つまり、寄ってくる冒険者たちは、リザの女心を分かっていないのだ。


 サムが彼らと同じ意味で誘っている、とは思えないし、思いたくないが、一応聞くことにした。

 本音を隠すために取り繕った理由だったとしても、気になったのだ。


「なぜ?」

「リザ姫を守るために」


「必要ないわ。私には見ての通りの高い防御力があるのだから――」

「そういうのは関係ないですよ」

「??」


 リザは本気で分からず、首を傾げる。

 高い防御力があるのだから、ダメージを受けることはなく、受けても最小限だ。だから守る必要などはないのだが……。

 けれどサムは、自分が守ることに高い防御力など関係ないと言った。

 ……ダメだ、分解してみても、リザはやっぱり理解ができなかった。


「言っている意味が分からないわ」


「高い防御力を持った女の子を守ることに、オレが男である以上の理由が必要ですか?」


 サムが立ち上がる。


「リザ姫を守りたくて、厳しい修行を堪えて堪えて、この体を鍛えあげてきたんだ。まだ強いとは言えないけれど、リザ姫を守れるくらいの力を持っているとは自負してる――。あの時は断られたけど、まだ、オレの気持ちは変わってないよ――リザ姫」


 いいやリザおねえちゃん、と、昔のように彼がリザを呼んだ。


「オレがリザ姫の王子様だ。そんな鎧なんか脱いでドレスを羽織って待っててくれ。戦うな、とは言わない。だけど戦うなら、オレが守る。傷つかなくても、姫が攻撃を受けるところなんて見たくないんだ。……勘違いしちゃダメだよ、リザ姫。高い防御力を持っているからって、みんなの盾になる必要なんかまったくないんだから!!」


 サムが取り出したのは一輪の花だ。

 かつて渡した花束の中の一輪――ではないけれど、当時の再現としては充分な効果だった。


 十五歳と九歳。

 今は、二十五歳と十九歳。


 変わってしまったふたりだけど、変わらなかった想いがある。



「オレが守るから戦わないで、リザおねえちゃん」


 そして、リザは――――


 戦って、戦って、戦ってきた。


 囮になったことは何度もある。

 盾になることなんてしょっちゅうだ。最初はお礼を言ってきてくれた人たちも、慣れてしまえば守られることが当然になっていた。気づけば、「盾になるのが当然」だと。


 戦いに身を置く中で、周りの冒険者たちが続々と結婚していく様子を見届けていた。

 なにがいいのだあんなもの、いつ崩れるか分からない平和の中にいるなんて気が狂いそうになる――だったら絶対に崩れないように、自分が平和を維持すればいい、それが一番安心する……と、そう思っていた。


 リザは。

 自分が家庭を持つことなど考えていなかった。まったく、これっぽっちも。


 かつて花束をくれた人たちが今もまだ想ってくれていることなど欠片も想定していなかった。

 今の自分を見れば失望するだろうと思って……。

 そもそも、女の子らしい女の子は周りを見ればたくさんいるのだから。

 わざわざ自分を選ぶことなどない――あり得ない。そう決め付けていたのに……。



 目の前の青年は、真っ直ぐに、覚悟を決め、リザを見ている。

 逃がさない、とばかりに。


 殺意や敵意を感じ取ることに長けているリザは、同時に好意と決意も感じ取れるのだ。

 サムの感情が、ダイレクトに伝わってくる。

 心に。


 だから、答えてしまっていた。

 反射的に。

 論理はなくなり感情優先の、返事が。


 本音が。

 願望が。


 ……漏れていた。



「………………はい。……あ、」



 耳まで真っ赤にしたリザが、滅多に見せない羞恥の顔を見せた。

 ――そして、リザ・イージス。


 彼女はそれからの一年間、やり残した仕事を責任を持って果たした後に、鎧を脱ぎ――


 彼女はたったひとりだけに見せる、純白のウエディングドレスを身に纏ったのだった。



 …了

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