第15話 お持ち帰り
古橋主任が看病しにきてくれた。
そこまでは良かった。
まさかその後に姉である理香までも来るなんて思わないだろう。
しかも変な勘違いをしていたみたいだし……でも、恐らく俺が寝ている間に古橋主任が誤解を解いてくれたようだ。
姉ちゃんは少しだけ会話すると帰宅し、程なくして古橋主任も自分の家へと帰っていった。
俺はそのまま眠りにつき、朝を迎えた。
ベッドで目覚めると、どこかスッキリとした気分だった。
体を起こす。——頭は痛くない。
立ち上がってトイレに向かい、そして風呂場の洗面台。顔色も良かった。
喉を鳴らし、調子を確認する。全く痛くなかった。
つまり、風邪は完全に治ったといってもいいだろう。
俺は朝食をとり、シャワーを浴び、ヒゲを剃り、スーツに着替えた。
「よし、出社だ」
◇ ◇ ◇
出社すると、「風邪治ったんですね」とか「顔色は大丈夫そうだね」とか言われ、ペコペコしながら自分のデスクへと向かった。
そして荷物を置いてから、まず最初にやるべきことがあった。
俺は当該の人物のデスクに向かい、その前で立ち止まる。
ダークブラウンのストレートの髪を肩まで伸ばした清楚美人。表情の変化は少ないが、淡々と仕事をこなす営業部のスーパーリーダー。
俺より二歳年上の
「あの吉良坂さん。昨日はすみませんでした。ついでに資料の件も」
するとPCを叩いていた手を止め、こちらを向いた。
「うーん。すっごい大変だった。お陰で残業しなくちゃいけなくなったんだよね」
「あ……それは本当にご面倒をおかけして……」
「うん。でももう終わったから大丈夫。気にしないで」
吉良坂さんはあまり表情の変化は少ないのに、怒ることもあるらしい。
どんな風に怒ったのは俺にはまだよくわからないが、古橋主任が言うんだ、本当に怒ったのだろう。
「はい……他の仕事でなんとか埋め合わせするので……」
「ああ、大丈夫だよ。埋め合わせするなら、今日の夜空けておいて」
「わかりました——って、夜!?」
「…………要件が終わったなら早くデスクに戻ったらどう?」
「え……あ……はい」
突然の誘い……なのか?
今日の夜空けておいてとは、何があるのだろうか。
まさかプライベートでどうという話ではないだろうし……。
◇ ◇ ◇
そうして夜。
仕事が終わると、吉良坂さん——ではなく、二歳年上の男性の先輩である北岡隆二さんに呼び止められた。
「おっし。飲みに行くぞー」
「飲み?」
「おう。吉良坂とか鳥羽もいるぞー」
「はい?」
ってことはだ。今日は複数人で行く飲み会、ということだろう。
ちなみに鳥羽とは、鳥羽秀介。こちらの一歳年上の男性社員だ。
久しぶりだ。二人の男性社員がいると、気楽で良い。
というか、俺が病み上がりだってこと忘れてない?
そうしてやってきた大衆居酒屋。少しガヤガヤしているが、会社帰りの飲み会はこれくらいがちょうど良い。
メンバーは俺、北岡さん、鳥羽さんの男性三人と女性は後輩である
男女比を見ると、合コンのようにも見えてしまう。
そんなことは全くないのだが……。
ちなみにこの中で恋人がいるのは俺だけ……のはずだ。近況を聞く限りはそうだったはず。
もしかすると北岡さんや鳥羽さんは誰かを狙っている可能性がなきにしもあらず。
「せんぱーい、飲んでまーすか〜?」
隣に座った三上。既にお酒はある程度飲んだので、まあまあ酔っている。
元々のあざとさに加えて、距離感も結構近い。だからこうした猫なで声で話しかけられると、少々困ってしまう。
「俺は病み上がりだからあんまり飲まないようにしてるよ」
「だめですよ〜、男は飲まないとだめなんです〜」
「アルハラ後輩……」
すると、三上は俺のジョッキを無理やり取って、自分の中身が満タンに入っているジョッキと交換する。
それを見て俺はため息をついた。まあ、このくらいなら良いか。
あとは飲まなければ良いしな。
◇ ◇ ◇
そうして三十分後のことだ。
「吉良坂さんっ! 本当に俺は……俺は……っ! やりたくてミスしてるわけじゃないんですっ!」
俺は酔っていた。
隣の男性社員・鳥羽さんの肩を抱き、先週のミスを再び謝っていた。
「それはもう良い。それよりも君の彼女の話が聞きたいな」
「なあんでですか! 俺の祈理は最高に可愛いんです! 可愛い以上にほしいものはありませんっ!」
「そうか。私のことはどう思う? 可愛いか?」
吉良坂さんがそう言った瞬間、その場の時間が止まったように、静寂に包まれた。
今までこういう発言をしたことのなかったが故に、皆驚いていたのだ。
ただ、俺や三上は酔っていて、そのことを気にしなかった。
「可愛いっていうより、クールというか、美人というか……てか! うちのフロアの人美人多すぎです! でも〜祈理の可愛さには勝てませんけどね〜」
「そうか。私はクールな美人なのか。参考になったよ」
北岡さん、鳥羽さんは顔を見合わせる。
その理由は吉良坂凛が少しだけふっと笑っていたから。
◇ ◇ ◇
「んじゃまたな〜!」
居酒屋から出ると、明日も会社があるので、皆に挨拶をして自分も駅に向かった。
隣を見ると、変える方向が同じなのは、吉良坂さんだけだった。
「ああ……なんか、さっきはすいません……」
俺は少しだけ頭が冷えていた。
ただ、とてもとても眠い。想像以上にお酒を飲んでしまい、眠気がマックスになっていた。
「大丈夫。問題ない。私が送り届けるから」
リーダーからの安心するような言葉。さすがは上に立つ人はどこか違う。
それに、お酒にめっぽう強い。
すると吉良坂さんはタクシーを拾ってくれて一緒に乗車した。
乗った瞬間、俺は限界がきて、そのまま寝てしまった。
…………
「おーい、音無。ついたぞ」
「はい……がんばります……」
俺は吉良坂さんに手を引かれ、なんとかタクシーを降りた。
と、そこまでは覚えていた。
そこから今のことは全く覚えていない。
「んん……いい匂いがする……」
祈里でも古橋主任でもない。隣の席の三上でもない。誰か別の人の匂い。
それに包まれているような気がして。でも、眠たくて、もうちょっと眠り続けた。
◇ ◇ ◇
「ふむ。男性の体は結構重いな。腰が壊れるかと思ったよ」
自分のベッドに寝かせた音無を見て、吉良坂は一息ついた。
ここは吉良坂凛が一人暮らしをしている家。
シンプルでその人の性格が現れたような綺麗な部屋づくりをしている。
ただ、彼女も女性であるため、ある程度匂いにも気をつけている。
甘すぎる香りは苦手なので、柑橘系のフレッシュな香りを好んで
アロマキャンドルを焚いたりする。
「よし。じゃあ頼まれていたことをしようじゃないか」
すると自分のベッドに寝かせた音無に近づく吉良坂。
既にジャケットは脱がしているので、音無はワイシャツ姿だった。
そのワイシャツのボタンに手をかけて、はだけさせていく。
全てのボタンが外れると、その下に着ていた白のTシャツを軽くめくった。
「ほう……肌は綺麗なようだね」
何かを品定めするかのように吉良坂は音無を見下ろしていた。
そしてTシャツを胸の上までめくると、そのまま顔を近づけた。
「これが男の汗の匂い……でも、少し居酒屋の匂いも混じっているな……」
顔を近づけたと思えば、鼻先を音無の肌につけ、匂いを確認した。
もう、ここまでくれば相当な変態である。
「彼女がいるようだから、さすがに口は避けておこう。——じゃあ、失礼するよ」
すると何を思ったのか、吉良坂は自らの舌を出して、音無のお腹当たりを舐めだしたのだ。
「ん…………不思議な味だ……」
そうして、次々と舌を這わせて、上に上がっていく。そのまま胸元を舐めると、今度は顔に近づく。
「おお……ここは全然違う……やはり首は汗を掻きやすいからか……匂いが強い場所ではあるな……」
首だった。こんな行為、彼女でもない限りは普通しないだろう。
にも関わらず、吉良坂は舌先で味を確かめていく。
「ん……くすぐったい……んにゃんにゃ……」
しかし、かなり酔いが回っていったので、音無は起きる事はなかった。
「じゃあもう少しいただこうか……ん……」
吉良坂はこのあともしばらく音無の体を舐め回し、そしてその味を記憶していった。
舐め終えると、Tシャツとワイシャツを元に戻し、自分はシャワーへと向かった。
ラブラブ彼女が交際相手に勧めたのは大嫌いな美人上司でした〜二股交際なのにノリノリで困ります〜 藤白ぺるか @yumiyax
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