第14話 姉と姉

 弟である悠樹を寝室に残し、私は彼女と思われる人物と共にリビングへと移動した。


 まだ何も話を聞いてはいないけど、悠樹は恐らく風邪を引いていたのだとうっすらとわかった。多分服を脱いでいたのも、ちょうどよく着替えているタイミングだったのだろう。


 それにしても彼女の手際は良かった。悠樹を心配してすぐに動いた体は私よりもずっと早かった。私が何をするまでもなく、彼女は悠樹をベッドに寝かせ、落ち着かせた。


「……はじめまして。私は古橋伊織と申します」


 テーブルの前に座ると、自然とキッチンでお茶を用意してくれた彼女……とっても気が遣える!


「ああ、そんなに畏まらなくていいよ! 改めまして私は悠樹の姉の音無理香。彼女さん、よろしくねっ」


 丁寧に挨拶してくれた彼女に向けて、私はもっと気軽に話してほしくてそう言った。

 ただ、次に語られる言葉で、私は壮大な勘違いをしていたと気付かされる。


「あの……お姉さんはどこか勘違いをされているようです。私は彼の彼女ではなく、会社の上司なんです」

「へ……彼女じゃないっ!? あれ……でも、上司ってこうやって部下の看病までするんだっけ!?」


 まさかの勘違いに私は動揺を見せる。

 しかし不思議に思ったことがあった。それは、甲斐甲斐しく彼女は悠樹の看病をしていたこと。しかも彼女でもない女性が男性の家まで上がりこむことの意味をよく知っている。友達ではないなら、尚更だ。


「それには深い事情がありまして……」

「どんな!?」

「彼、音無悠樹くんは——私の妹、古橋祈里の彼氏なんです」


「…………へ?」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。


 今目の前にいる美人な女性が、悠樹の彼女の姉……?

 でも、なぜ姉が看病に……?


 どういう状況なのか理解不能だった。——あ、だから深い事情と言ったのか。


「お姉さんには正直言いにくい話がこの裏にはあります。なので、話していいものなのかどうなのか、悩んでいる状況でもあります……」

「ふむ…………それって、悠樹を困らせる話なのかな?」


 するとドキっとした表情を見せる伊織さん。

 それは正解だと受け取っても良いものだった。


「はい……恐らく困らせているかと思います。それに、困らせている元凶が私の妹なのですが……実は私も困っていまして……」

「ど、どういうことっ!?」


 さらにわけがわからないことを言い出した。


「ええと——すみません。うまく言葉にできなくて……この件を話すべきかどうか、彼に判断してもらった方がいいのかも知れません」


 そこまで言われて、私は待ってなどいられなかった。


 弟の悠樹が困るようなこと。でも、目の前の伊織さんも困っていて、そして二人を困らせているのが悠樹の彼女。


 伊織さんの言動や態度から、どう見ても悪い人には見えなかった。

 だから私は、何を言われてもまずは反論しないと心に決めて、その内容を聞くことにした。


「大丈夫! すぐに否定はしないから。——よければ話してもらえないかな?」

「…………」


 すると伊織さんは少し悩み、そしてゆっくりと口を開いた。


「驚かないで聞いてください。——彼と交際している私の妹がつい先日こう言ったんです。『私の彼と付き合ってほしい』……と」

「えええええっ!? な、なになに!? どどど、どういうことなの!?」


 悠樹を看病しているのが、彼女の姉という不可思議さでも驚いたが、それ以上に今の発言で驚いてしまった。


「はい……それを言われて私も彼も驚いてしまって。……でも私も彼も妹からのお願いにはめっぽう弱いのか、ひとまず友達になるといった形で収まったのですが、今日も看病に行って欲しいと妹に言われて、ここに来ていて……」

「あ〜…………」


 少しだけ理解してきた。

 その妹さんのわがままに二人は付き合わされる形になっていて、それが現在進行系なんだ。


 でも、普通に考えておかしくないだろうか?


 だって、妹さんは悠樹の彼女。ちゃんと好きなら独占したいはず。

 まさか寝取られ性癖なんて持っているなどとは言わないだろうし、それなら付き合ってではなく『一緒に寝て』というはずだ。


 そうではないということなら、その妹さんは何を考えているのか……。


「妹の祈里は私にずっと彼氏がいないことを懸念していて……それに見かねたのか、大好きな彼にお願いする形に至ったそうです」

「あ、あ〜…………え? 伊織さんが!? 彼氏がずっといない!?」


 信じられなかった。こんなに美人で人の看病をするくらい優しくて。それでいておっぱいがとてもデカい。そんな人なら引く手数多はなずなのに。


「面目ありません。私はこれまで仕事一筋でずっとやってきていて、それは学生時代から続くもので……だから交際経験も一度しかなくて。それも、ちゃんと交際したとは言えないもので——」

「それで妹さんは悠樹をと……」

「はい……」


 自分の身の上話をするのは恥ずかしかっただろう。

 なのに初対面の私に対して真摯に話してくれたその姿勢。仕事一筋だったというだけあって、仕事ができる人なのだろうと感じた。


 少し考えてみよう。もし悠樹が彼女たち姉妹と同時に付き合って結婚するとなったら。どういうことになるのだろうか。


「——私に可愛い義姉妹が二人も増えるっ!?」

「な、なにを言って——!?」


 ふむふむ。意外と悪くないかもしれない。

 歳の近そうな、しかも優しくて相手に対して気が遣える人が義姉妹となれば、一緒にショッピングや旅行などにも行けるのではないだろうか。

 それにこの美貌。恐らく妹さんだって、絶対に可愛い。それでいて、たまに悠樹の愚痴とかを言って三人で楽しく会話なんてできたら、結構楽しいのではないだろうか。


 世間一般的には二股交際など許されるわけもないだろう。

 でも、私にとっては結構アリなのではないか!?


「悪くない……悪くないかもしれない……」

「お、お姉さん!?」

「そこは、と呼んでくれてもいいのだよ」

「何を言ってるんですか!?」

「私は以外と、伊織さん姉妹が悠樹と交際するのは良いのではないかと思っているんだ」

「正気ですか?」


 初めて彼女から馬鹿にされたような言葉を飛ばされた。

 いや、それでも良い。


「私、ずっと可愛い姉妹が欲しかったんだ! 悠樹は男だし、もちろん母とも一緒に出かけたりはするけど、結局は歳が近いわけじゃないから、話が合わないところもあるし……でも、伊織さんと妹さんが、悠樹と一緒になってくれれば——その夢が現実になる!」

「…………な、なぜお姉さんもそんなことを……っ」


 私の発言により、目の前にいる伊織さんは頭を抱えた。

 ただ、少し思う。


 本当に、本当に悠樹のことが嫌であれば、いくら仲の良い妹からのお願いであっても、わざわざ看病にくるのだろうかと。男が一人で住んでいる家なら尚更だ。


 伊織さんはもしかして、少しずつ悠樹に惹かれていっているのではないか。

 私はそうではないかと感じていた。


「悠樹のこと、嫌いってわけじゃないんだよね?」

「それは妹にも聞かれました……別に嫌いというわけではないのですが……」

「好きでもないと」

「…………どちらでもないというのが現状だと思います」


 はっきりとは自分の心には気づいていない、ということだろうか。

 なら、それを気が付かせることができれば、夢の一歩に近づくのでは、と私は考えた。


「わかった! ひとまず私はその話に反対はしない! だから伊織さんはこの家にまた来てもいいし、悠樹を見守ってやってもらえれば!」

「え……いいの、ですか?」

「うんっ! 私が許す! もしこの話が両親に伝わっても、ゴリ押しするから安心して!」

「あ……はい。そうだと助かります……」


 面白くなってきた……!

 それにしても悠樹やつ。これじゃあ本当にハーレムじゃないか。


 ここから伊織さんが悠樹のことを好きになったとしたら、そのハーレムが現実になる。チクショウ。私だって彼氏がいないのにっ!


「そういえば、伊織さんって今年何歳なの?」

「あ、私ですか。私は今年で28歳になります」

「えー!! 私と同じじゃん! 私も28だよ! 同い年の義姉妹最高! しかも妹付き! ならもうそんな敬語なんて使わないで私のことは理香って呼んで! 理香ちゃんでもおっけー! あ、私はいおりんって呼ぶけどいい?」

「なっ……!?」


 私の悪い癖だ。

 興奮するとマシンガントークをしてしまう。


「ともかくこれからは敬語はなしにしましょってこと……ね、いおりんっ!」

「いおりん!? いや……同い年、か……そこまで言うなら…………理香……ちゃん?」

「きゃー! 素敵! 将来結婚して義姉妹になるかもしれない相手からちゃん付けで呼ばれるなんて!」

「ひ、飛躍しすぎだ! けけ、結婚などまさかそんな……! やっぱり理香……だけの方がいいか?」

「いおりん焦ってるし迷ってる〜。——ってことで、連絡先交換しよっ」

「それは、いいけど……」


 少しは理解してくれたのか、いおりんは敬語を使わないでくれていた。

 多分こうした人は初対面の人に対して敬語を使わずに話すことには苦労するのだろう。


 でも、こちらのことを考えてか、それを辞めてくれた。

 つまり、ちゃんと歩み寄る意思はあるということ。

 やっぱりこの子は良い子なんだ。


 そうして私たちは連絡先を交換した。


「——じゃあ私は先に帰るね」


 悠樹の部屋に行って帰ることを伝えた。


「ん、ああ……」

「あとはいおりんに任せるから、早く風邪治すんだよ〜?」

「い、いおりん……?」

「音無くん。聞かなかったことにしてくれてもいいんだぞ」

「え…………」


 そんなやりとりを経て、私は悠樹といおりんを残し、家を出た。

 





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