枯れない花

@yuki0141

枯れない花


 水の中で息を吐くと、そこにはつややかなベールの内に展開する、僕の世界が浮かんだ。さす陽光をその輪郭に宿して、きらきら揺れている。

 

 なぜこの水泡(みなわ)が僕の世界なのかというと、この体から抽出されたものだからである。底で熱く沸いた気が、満腔を通って(かよって)放出し、形をなす。

僕を取り巻く思い出や文章や情念が、この真円には撓められている。神秘を讃えた水泡は、よるべを求め揺らめいて、日の元へ静々と登って行く。僕はそれを引き止めて、もう一度体内に隠していたい思いになって、最後はいたたまれなくなるのだ。


 しかし水泡は僕を待ってはくれず、あっという間に水面で弾き、愛すべし悲痛な音を残して消えた。僕は僕の世界を、僕のものなのに、数秒しか見惚れることができないと不機嫌になった。僕がいつも見ている世界は、僕の感性を介し映し出されたものであるから、秀でて美しいにかわりはないのだが、呑み込んだり運んだりするにはとても敵わない。

 

 はぁ、本を書こうか。きっとそうだ。


 僕の物語の中なら、焼きたての菓子の香りが高ぶっていて、お気に入りのぬいぐるみが一緒に踊ってくれる素敵なステージもある、良い世界となるだろう。

 毎晩の食卓でそれぞれ大きさの違うグラスに、多様の飲み物を注ぐこともできる。

緑の茶碗には、桜の香りがする緑茶を。

赤いマグカップには、温かなココアを。

最後の青いワイングラスには、赤毛のアンに出てきた苺水というのを注ぐんだ。

 卓上にはフルーツの飴を目一杯詰めた大瓶も置いて、誰かがお腹を空かしても大丈夫なようにしようと決めた。可哀想なめに遭ってる動物も連れて行ってあげて、毎日優しくしてあげたら良くなるかもしれないや。


 雌蕊雄蕊を守る花弁のように、想いを重ね重ねして、この物語を自身に手向けよう。

僕は俄然機嫌を良くした。慰められた心に微笑む。今日という日を、侘しさに涙せず終われる気がしたんだ。

 

 

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