第3話 抜け出せない地獄
主人公は冷たい泥の中で、もがき続けていた。足を引き抜こうとしても、そのたびに泥はさらに強く、そして重たく絡みついて、身体を沈めようとする。視界の端には、無数の生首が浮かび、じっとこちらを見つめている。どの顔も異なる表情をしているが、皆、苦しみと絶望に歪んでいるのがわかる。
「ここから…逃げなければ…」
しかし、体はどんどん沈んでいき、力が次第に抜けていく。体温が奪われ、手足は痺れ、思考は鈍くなっていく。美女の柔らかな笑顔が脳裏にちらつくが、今やそれは恐怖の象徴にしか見えなかった。
「あなたも…永遠にここで過ごすのよ」
背後から、あの美女の声が聞こえた。振り向くと、彼女は足元の泥の中から浮かび上がり、にこやかに微笑んでいた。しかし、その美しさの裏に潜む冷酷な表情に、主人公は震え上がった。
「私たちと一緒に、この場所で…」
その言葉が終わると同時に、生首たちが一斉に泣き声を上げ始めた。苦痛と絶望の叫びが沼の中で反響し、耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が主人公を包み込む。生きる望みが絶たれた者たちの怨念が、空気を重くし、泥の中に閉じ込められた魂の声が響き続ける。
「こんなところで終わりたくない…!」
主人公は必死にもがくが、泥はまるで彼を飲み込むかのように引きずり込み、身動きが取れない。目の前には美女が静かに立っていて、まるで彼の絶望を楽しんでいるかのようだった。彼女の目には、主人公の最後の一瞬を見届けようとする冷たい輝きが宿っている。
やがて、泥が主人公の首元まで迫り、生首たちの視線が一層強まる。彼らもかつて、この泥沼に囚われた者たちなのだと、ようやく理解する。彼らと同じ運命が、自分にも待っているのだ――永遠に抜け出せない地獄が。
「助けてくれ…誰か…!」
主人公の声は、空しく沼の中に溶けて消えた。その声に応える者は誰もいない。最後に美女がそっと手を差し出すが、それは救いの手ではなく、彼を完全にこの地獄に縛りつけるための誘いの手だった。
「もう…おやすみなさい」
その声とともに、主人公の意識はゆっくりと遠のいていった。そして、周囲にはただ無数の生首だけが残り、新たな仲間の到来を歓迎するかのように静かに漂っていた。
暗闇が全てを包み込み、地獄の泥沼は再び静寂に戻った。そこには、甘い香りも、美女の柔肌も、もはや存在しない。ただ、生首地獄に取り込まれた魂が、永遠に抜け出せないまま、ただ漂い続けるだけだった。
完
美女の柔肌に、溺れたら、生首地獄が待っていた 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92
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