第3話 忘れないでね

 もう朝かなと思って、ボクはゆっくりと目を開けた。


 でもまだ真っ暗だ。なにも見えない。


 ボクの左で寝ているお兄ちゃんも起きてるのかどうか、小声で聞いてみた。


「お兄ちゃん、起きてる?」

「……ん、んん」


 まだ寝ている。


 今度は右で寝ているお姉ちゃんに、おなじように小声で聞いてみた。


「お姉ちゃん、起きてる?」

「……」


 まだ寝てる。


 それじゃボクも、もう一度寝ようと思ったけど、寝られない。


 ボクはとっても興奮していた。だって初めて外へ行くんだもん。


 外って、どんなところだろう。


 なにが待っているんだろう。


 お兄ちゃんやお姉ちゃんは、もう何度も外へ行っている。


「外ってどんなところ?」と聞いても「ないしょ」って言って、教えてくれない。


 だからボクは早く外へ出たいんだ。


 いっぱい食べて、いっぱい寝て。毎日、外へ行く準備をしてる。


 友達ができるといいな。


 楽しいことをしたいな。


 でも、怖いことがあったらどうしよう。


 そうだ、いつだったかお兄ちゃんが教えてくれた。


 お兄ちゃんたちが外へ行ったら、隣にいたともだちがいなくなったって。


 ボクは怖くなって泣いた。


 ボクもおんなじようになったらどうしよう。


 でも、お姉ちゃんが言った「大丈夫」って。


 だからいっぱい食べて、いっぱい寝て、暖かくなったら外へ出ようって。


 そしてやっと外が暖かくなった。声が聞こえる。とても楽しそうな声。


「ほら外へ行こう!」とお兄ちゃんとお姉ちゃんが言った。


 ボクらは一緒に上を目指して、ぐんぐん伸びていった。ぐんぐん伸びていって、パッと周りが明るくなった。


 お兄ちゃんもお姉ちゃんもとってもキレイに咲いている。ボクもいっぱい、花びらを広げて笑った。


 小さな人間の女の子がお兄ちゃんとお姉ちゃんを見つけて「うわぁ、チューリップとスイセンだ」と言った。


 そして女の子は、ボクを指差しながら「こっちのお花は……あれ? なんだろ。ママ! このお花はなに?」って言った。


「これはね、わすれな草、っていうのよ」


 ボクは、わすれな草、だったんだ。


 女の子の瞳がキラキラして、ボクをじっと見ている。なんだかとても照れちゃう。でもつぎの瞬間、女の子がボクを採ろうとした。


「とっちゃダメよ」


 女の子のお母さんが注意してくれた。だからボクはお兄ちゃんのともだちみたいに、いなくならずにすんだ。ボクはほっとした。


 そのあとすぐに女の子は、お母さんと手を繋いで、歩いて行ってしまった。ボクのほうを何度もふりかえりながら、そして手をふってくれた。


 ボクのこと忘れないでね。


 <了>

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2024年11月30日 09:00
2024年12月7日 09:00

土曜のショートストーリー 月柳ふう @M0m0_Nk

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