第2話 サンタクロースの弟子
サンタクロースの弟子になって50年が経った。でもまだあの日には連れて行ってもらったことはない。
「あー、もう辞めよっかなぁ」
きっと今年も連れて行っては、もらえないだろう。なぜなら数日前に、とんでもないことをしてしまったから。
「ノア、ここにいたんですか。ずいぶん探しましたよ」
街を見下ろす木の上に座っていた俺に向かって声が聞こえた。視線を向けると、そこには枝を四つん這いになって、こちらに向かって来るルイだった。彼も俺と同じサンタクロースの弟子の一人だ。
「もうすぐ発表ですよ。見に行きましょう」
「行かねえよ。どうせ今年もダメだ」
ルイから視線を外し、再び街を眺めた。街灯や家の灯りが星のように煌めき輝いている。
「結果を見る前から随分弱気ですね。ノアらしくないなぁ」
俺の隣に座って同じように街の灯りを眺めながら「やっぱりここは特等席ですねぇ」と鈴のなるような声でルイが言った。
ルイは俺とは違って毎年あの日の手伝いを許されている。優秀な弟子の一人で、判断力も行動力も飛び抜けていた。
「僕がサンタクロースに——」
「余計なことすんじゃねえよ!」
そして彼が人一倍優しいことも、俺は知っている。でもこれだけは譲れない。自分の力でやり遂げられなければ、今までの努力が全て無駄になる。そんな気がした。
「ごめん……」
「お前が謝んなくってもいい。それにお前の気持ちは……分かってるし、ありがたいって思ってる」
「ノア……」
最北端のこの街には、いつも雪が降っている。今も真っ暗な空から白い綿のような雪がゆらゆらと舞い降りていた。その雪にルイが手を伸ばすと、雪は手のひらの上で溶けてなくなった。
街の鐘が鳴り響いた。発表の刻を告げる鐘の音だ。
「行きましょう! ノア!」
枝の上に立ちあがり、俺の腕を引っ張るルイ。彼の顔を見上げると、まるで大丈夫というような顔を向けてきた。この自信が羨ましくもあり、妬ましくもある。
「さあ、ノア!」
腕をおもいきり引っ張られた反動で立ち上がると、そのまま俺を引っ張ったルイが枝から飛び降りた。
「ちょっと待てって!」
ふわっと地上へ降り立つ俺たち。そしてまたルイがニコッと俺に向かって笑った。その顔は慈愛に満ちた微笑み。反射的に俺の胸がドキンと疼いた。なんだこれ。
ルイは俺の腕を掴んだまま全速力で走った。白い息を吐きながら、雪の上を走る俺たち。冷たい空気が喉を通って、肺に入り込む。むせりそうになるのを我慢して走った。
やっと街一番の大きな家の前に到着した。ルイは白い息をはぁはぁさせて「間に合った」と言った。俺は息を整えるだけで、言葉なんて出そうもない。
サンタクロースの家。赤煉瓦のその家はおもちゃを作る工房も兼ねている。だから街一番大きな建物だ。さっきいた木の上からもよく見えた。
建物の中へ入ると広間はすでに、たくさんの弟子たち溢れている。俺の姿を見た彼らは、「あ、ノアだ……」と小声で話すのが聞こえた。
「一番前に行きましょう、ノア」
ルイは周りの小声が聞こえているのも関わらず、俺の腕を引っ張って群衆の中を通り過ぎる。
「ルイ、放せって」
掴まれた腕を強く振って、ルイの手から腕を解放した。優秀なルイが落ちこぼれの俺を連れているのを見て、群衆はルイに矛先を向けていた。俺のせいで、こいつに迷惑を掛けさせたくない。そんな俺をルイが首を傾げながら見つめていた。
「それじゃ、ちゃんと発表を聞くって約束してくださいよ」
熱のこもった瞳を向けられたら目のやり場にこまるから、そんな顔すんなよ、と心の中で俺は呟いた。
「わっ、わかったよ」
そっぽを向きながらルイに答える。それを見てクスクスと笑うルイが俺の手に自身の手を絡ませてきた。
「なっ、ルイ!」
「ほら、はじまるよ」
口元に人差し指を立てながら「しーっ」と俺に向かって言った。
広間の灯りが少し暗くなると、奥の扉が開いでサンタクロースが出てきた。拍手が沸き起こる。
「ホホホッ、みんな元気にしてたかな? お待ちかねの発表の時間だよ」
サンタクロースの手伝い。それは毎年12月24日の日没から25日の未明にかけて行われるプレゼントを配る手伝い。その手伝いに、サンタクロースの弟子が10人選ばれる。弟子の数は数百人もいるから、選ばれる弟子よりも、選ばれない弟子のほうが多い。もちろん選ばれたら、それは栄誉あること。でも毎年大抵は、同じメンツだ。なぜなら、弟子が増えることはあっても減ることはないからだ。それに、プレゼントを配る手伝いは、多少の危険を伴う。だから判断力や行動力が優れている者が選ばれる。
**
「ノアはあっちの家をお願いします。僕はあの家に行くから」
「おっ、おう」
長年の夢だった。サンタクロースの手伝いをすること。
なぜ弟子になろうと思ったのかなんて、もう覚えていない。今いる街に辿り着いたとき、どこで生まれたのか、どこで育ったのかの記憶は真っ白だった。思い出したい、とは一度も思わなかった。毎日、毎日、12月24日のための準備に忙しかった。それで充分だった。
「ノア、お手柄じゃ。よくやった」
ソリに乗っているサンタクロースが俺に言った。俺の初めての手伝いで、トラブったサンタを俺が助けた。トナカイが氷に嵌って動けなくなり、つながっていたはずの手綱が外れ、トナカイが流された。それを俺が助けた。そのとき、ふと昔にも、同じことがあった気がした。
もし仮に人の世で50年生きていたら、俺はどんな大人になっていたのだろう。プレゼントを配りながら、子供たちの寝顔を見て、ふと思った。でもそんなこと、今の俺には関係ない。
テーブルに置かれたクッキーを2、3枚掴むと、俺は2階の窓から、ふわっと飛び出した。空の上ではサンタクロースと友達のルイが待っていた。
<了>
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