第37話 傷の手当て
「なんて
葵は悲痛に呟いた。
どんな状態になっているかは分からなかったが、沢山の傷ができているのは確かだろう。
葵は先ほど用意した
「まずは傷口を洗いますね。
充がこくりとうなずくと、葵がそっと手ぬぐいを背中に当てる。その瞬間全身に鋭い痛みが走り、思わず
「いっ――!」
葵はすぐに充の背中から手を離し、気遣った。
「痛いですよね、ごめんなさい」
充は必死に首を横に振る。葵は何も悪くないし、関係もない。
その人に謝らせてしまったことが申し訳なかった。
「すみません。次はちゃんと我慢しますから。本当にすみません……」
謝罪の言葉を重ねる充に、葵は「謝らなくていいんですよ」と言って言葉を続けた。
「私のほうこそ、痛みに堪えさせることになってしまって申し訳ないです。痛み止めを持っていたらよかったんですけど、ここに来る前に予定以上が売れてしまい、手持ちが無くなってしまったんです。今更ながら、もっと多く持ってくればよかったと後悔しています。……そうですね、気休めにしかならないかもしれないのですが、これを
そう言って、葵は手ぬぐいを差し出した。
「布を噛んでいたほうが、少しは気が
「ありがとうございます……」
お礼を言って受け取ったが、
家で使っている手ぬぐいは使い古されていてぼろぼろであるため、使っていいのか不安になった。
「あの、本当にいいんですか……? 汚してしまいます……」
だが、葵は「気にしなくてよいのです」と柔らかな声で言う。
「ですが……」
「これであなたの痛みが多少でも和らぐのなら、全く構いませんよ」
そう言って葵は笑った。
誰かがこんなにも自分を気にかけてくれたことがあまりに久しぶりで、自分に向けられた温かな眼差しに、充は胸がいっぱいになる。
泣きそうになるのを我慢して、充はもう一度「ありがとうございます」とお礼を言って、手ぬぐいを受け取った。
「いいですか?」
葵に確認され、充はうなずく。
「では、傷に触れますね」
濡れた手ぬぐいが傷に触れた。やはり強い痛みが背中を走ったが、充は葵から借りた手ぬぐいを噛みしめ痛みに
傷口を洗うたびに、葵は「頑張ってください」「大丈夫です」「もう少しですよ」と明るく、そして優しく励ましてくれていた。
「よく頑張りましたね。これで傷口はきれいになりました」
充の傷を洗い終えた葵がそう言う。
「ありがとうございます」
「あとは薬を
カチャカチャと何かが音がしたかと思うと、葵は指で薬をとったようで、その指で充の背中に優しく塗った。
柔らかくて温かい。充は自分の体を
「眠ってしまっていいですよ。もう少し時間がかかりそうですから」
充は「……はい」と小さく呟くと、そのまま眠ってしまった。
充が再び目を覚ましたのは、葵が傷薬を全て塗り終わったときで、辺りはろうそくの火がないと何も見えないほど真っ暗となっていた。日が
「あの……」
充がそっと声をかけると、葵がすぐに気づいてくれた。
「よかった。薬を塗り終わったので、ちょうど起こそうと思っていたところだったんですよ。それに着物が
葵は薬箱の中から着物を出してくれたが、充は「どうして薬箱の中に子ども用の着物が入っているのだろう」「どうしてこの人は着物まで自分に与えてくれようとしているのだろう」と二つの疑問が同時に浮かび、驚いて目を丸くした。
「使い古しで悪いのですが、きれいに洗ってあります。背中の傷からは血も出ていましたし、こちらに着替えたほうが気持ちいいと思いますし」
「え、で、ですが……」
充はこれ以上はお世話になるわけにはいかないと思い、断ろうとする。
だが、その瞬間あることに気が付いて顔から血の気が引くのを感じた。
(もしかして、傷の手当ってお金がかかるんじゃ……)
「どうかしましたか?」
優しく尋ねる葵に、充は傷の痛みも気にせず、床に
「も、申し訳ありません……! 僕には治療費も薬代を払うお金はありません! 本当に申し訳ありません!」
何も考えずに葵の優しさについ身を
医者がすることには金がかかるし、その上「薬は高いもの」と聞いているので、充はどうやっても払えないと思ったのである。
(もし、治療代と薬代を父さんに求められたら、僕は本当に家族でいられなくなる……!)
充がどうしようと悩んでいると、葵は「顔を上げてください」と言って、彼の体をそっと起こした。
「言わなかった私もいけませんね、すみません。治療費も薬代もいりませんよ。あなたを治療したのは、私がやりたくてやったことなのですから」
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