第30話 六年前の話
「それより、今日来た妖怪って誰? 鷹山とどういう関係なの?」
充が問うたちょうどそのとき、
風流は「お湯が
戸棚にある白い陶磁器の湯飲み茶わんを二つ持ってくると、彼女は先ほどまで座っていた場所に座り直し、今度は厚手の布を持って囲炉裏に手を伸ばす。布で熱さを防ぎながら鉄瓶の取っ手を
「はい、充にも
ここには
充は受け取るとお礼を言った。
「ありがとう」
「それでさっきの妖怪のことだけど」
「うん」
「
「僕に?」
「うん」
風流は、湯飲みに入った白湯を、ふう、ふうと冷まして飲みながらうなずいた。
茜もそんなことを言っていたなと、充はぼんやりと思う。きっと同一人物だろう。
(その妖怪は、どうして僕に用があるんだろう……)
妖怪やら半妖やらの用は鷹山だけのはずである。
よそから来た――それも妖怪——が、どうして自分に用があるのか不思議だった。
「ねえ、充」
名を呼ばれ、はっとする。
「え、何?」
「聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
風流から「聞きたいことがある」と言われるのは初めてである。なんだろうと思いながら、充は「答えられるものなら、答えるよ」と言った。
「充ってどうやって、時子の養子になったの?」
「え?」
全く想像していなかった質問だったため、充は目を丸くする。
「急にどうしたの?」
驚く充に、風流は首を横に振る。
「急じゃないわ。充が来たときから不思議に思っていたのよ。だって、葵堂には時子と、彼女の夫と、その二人の子がいるわけでしょう?」
「うん」
「つまり後継者もいるのに、どうして充を養子に迎えたのかなって思っていたの。私は人間社会での生活はあまり長くはなかったけれど、後継ぎの問題は子どものときから、事あるごとに大人たちが喋っていたから何となく分かる。だから、もし後継者がいなかったら、よそから子どもを
風流はそこまで言ってから、はっとして言葉を付け加えた。
「あ、あのね、悪気があって聞いているわけじゃないのよ。何と言ったらいいかしら……。そうじゃなくて、えっと……、私の母は妖怪といっても比較的人間らしい姿をしたし、私も半妖らしくなかったってこともあって、人が住む村を転々とすることができていたの。でも、人間の子なのに、身寄りのない子は村に入れてもらうことすら難しそうだった」
「どうして?」
充は眉を寄せて尋ねた。
彼は葵堂に来る前までずっと同じ村に住んでおり、その農村では身寄りのない子は人手のない家族のところで働くことができていたため、「身寄りのない子が受け入れられないことがある」という事情がよく分からなかったのである。
「これは私の想像なんだけれど、親がいれば、子どもが何か
「そっか……」
「村でさえそうなんだもの、完成された家族の中に『よその子』受け入れてくれる場所なんてないと思っていたの。でも充を見て、後継者もいるのによその子を引き取ることもあるんだなって、嬉しくなったし、人の世界も捨てたものじゃないなって感じたの」
風流は興奮しつつも、真剣な顔で充に言った。
「そっか」
「ええ」
うなずく彼女に、充は小さくため息をつくと、六年前の日を思い出す。
「風流」
「何?」
「これから話すことは君の夢を壊すようで悪いけど、僕の場合は本当に偶然だったんだ。そして僕は、葵堂に必要だから連れて来られたわけじゃなくて、義父さんが僕のことを『
そして充は、自分がどうやって葵堂の養子になったのかということを話し始めた。
*
充の生家は、とても貧しかった。
地主が持っている畑を耕すことが仕事だったが、充の兄弟は彼を入れて六人。長兄、長女、次兄、充、四男、次女の順である。
充は四番目に生まれた三男で、名前は「
貧乏でも、ありきたりな名前だったとしても、家族が皆仲が良かったらそれでいい、と充は思う。
だが、当時の彼は、次兄との折り合いがとにかく悪かったのである。
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