第三章 充の過去

第29話 風流と焼き芋

 茜がいなくなったあと、充はまき置き場から山小屋のほうへ戻ってきた。

 体や足に付いた雪を払ってから土間に入ると、わらみのを脱ぎ、外に続く出口付近の壁に掛けておく。


 先ほどは居間と土間の間の戸が開いていたが、中にいた者が閉めたのだろう。半分だけ戸が閉じており、そこから誰かが囲炉裏いろりの灰を火箸ひばしかなにかでいじっているのが見えた。


(誰だろう?)


 充が居間のほうへ行き、その人物が誰なのかを確かめようとしてのぞくと、丁度風流ふうりゅうが囲炉裏の灰の中から、火箸ひばしで何かを取り出そうとしているところだった。


「風流」


 名を呼ぶ前に充の存在に気づいていた彼女は、彼を見るなり「話は終わったの?」と聞いてくる。さっきは居間に風流の姿は見えなかったが、沙羅が散々騒いでいたところだったので、茜と一緒に出て行ったところをきっとどこかで見ていたのだろう。


「うん。——そういえば、沙羅は?」


 茜に丹前たんぜんを肩にかけてもらっていたはずだが、その姿がない。隣の部屋も確認してみるが、沙羅どころか風流以外いなかった。


「知らないわ。どこかに行ったんじゃない?」


 風流はいつもと変わらず、沙羅に対して素っ気ない。


「皆は?」


「ここに沙羅がいたんでしょ? 一緒にいたくないから出て行ったんだと思う。私も沙羅がいないことを確認して居間に入って来たしね」


 充は「そう……」と答えると、着けていた毛糸の手袋をはずし、居間に置きっぱなしにしてあった薬箱から水薬の鎮静薬を取り出した。そして、この部屋に置いてある箪笥たんすの一番上で左端にある引き出しを開けて入れる。


「仕事は終わり?」


 引き出しを閉めた充に、風流が尋ねる。


「うん。今日の沙羅は暴れないだろうから、帰っていいって茜に言われたんだよね」


 風流は「ふーん」と興味なさそうに答えたあと、火箸を使って囲炉裏の灰から丸みを帯びたものを取り出した。


「だったら、お芋食べていく? 朝から灰に入れていたものが良い具合に焼きあがっていると思うの」


 灰の中から出てきたものは、焼き芋である。いい塩梅あんばいに焼けているのだろう。ふわっと芋の甘い香りが部屋にただよった。


「いいの?」


 風流の隣に座って尋ねる。


「いいに決まっているじゃない。それにあげられないものなら、最初から聞いてないよ」


「それもそうか。じゃあ、遠慮なくいただこうと思います」


「うん。あ、今出したやつを食べていいよ。熱いから気を付けてね」


 風流が火箸を使って充のほうに芋を転がしてくれる。


「分かった。——わぁ、いい香り。嬉しいな」


 近づくとより一層よい香りが鼻に香った。手に取ってみると熱い。充は火のあるところから距離を離し、熱さを我慢しながら芋の皮に付いた灰をはたいて取る。


「お家では食べないの?」


 嬉しそうな顔をする充を見て、風流は自分が食べる分の芋を手に取りつつ尋ねた。


「食べるけど、囲炉裏のあるところってお客さんとお話するところでもあるんだよね。そこでお芋を焼いているから、『焼けたな』と思って取り出すとき、大体お客さんが来てしまうんだよ」


「不思議ね」


 驚くような表情を浮かべている風流に、充はくすっと笑う。


「でしょう? それにね、義母かあさんは人にあげるのが好きだから、僕の分までおすそ分けしてしまうこともあるし、運よく食べはじめられたとしても、そういうときにお客さんが来てしまうことがあるんだよね。だから、食べかけを置きっぱなしにしていて冷めてしまったりということがあるんだよ」


「そうなのね。だったら、今日は熱々のうちに食べられるんじゃない?」


 風流は熱さをあまり感じないのか、芋に付いた灰をさっさとはたいて取り終え、すでに半分に割って一口目を食べ始めている。

 充は彼女のおいしそうに芋を食べる表情にもつられ、嬉々ききとしてうなずいた。


「うん」


 焼き芋がようやく触れるくらいの熱さになったので、充はしっかりと灰を落とす。しかし、その間に持っていた手が再び熱さに堪えられなくなってきたので、一旦自分が外した手袋の上に置いた。そして手の熱さが落ち着いたころにもう一度手に取ると、根っこ側の端部分を取り、そこから皮をく。赤紫色をした皮の中からは、白い湯気ゆげときれいな黄色い身が顔を出し、甘い香りを放っていた。


「いただきます……!」


「召し上がれ」


 ふう、ふうと息を吹きかけてから、かぶりと上のほうをかじると、熱くてほくほくとした芋がくずれる。


「はふっ、はふっ、あふい!」


「そりゃ熱いよ。火傷やけどに気を付けてね。あ、でも充は薬屋だから火傷の薬も持っているから大丈夫か」


 ふふふっと笑う風流に、充は「それとこれとはほれとほれとはべふ!」と言いつつも、だんだん口の中で丁度良い温度になって来た芋を味わう。熱さを確認しながら、んでいくとほんのりと優しい甘さが口いっぱいに広がった。


「おいしい!」


「良かった」


「そういえば、お芋は風流が焼いてくれたの?」


 充の質問に、彼女は苦笑した。


「焼くってほどのことじゃないわ。灰の中に入れただけ。今日山小屋に来た妖怪が、沢山お芋を持ってきてくれたんだけど、お芋ってあまり寒いところには置いておけないでしょう? だからおいしいうちに食べてしまおうって思って、数本入れておいたのよ。あ、安心して。私は吹き消しばばあの娘だけど、囲炉裏の火とかは消そうとは思わないから」


 風流は、人々に「吹き消しばばあ」といわれる妖怪の娘である。火を見ると消してしまうという妖怪の血を引いているため、彼女も揺らめく火を見ると消したがるのだ。充は彼女から直接その話を聞いていたため、風流は念のために補足したのだろう。


「それは見ていれば分かるよ」


 以前山小屋に来て風流が火の番をしているときに、囲炉裏の火を消すそぶりはなかったので、きっとその火は大丈夫なのだろうなとは思っていたのだ。


「よかった」


 安堵あんどする風流に、充は別のことが気になりそちらのことを尋ねていた。

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