第21話 天狐

「どうかした?」


 充が驚いて尋ねる。茜は正座をして向き合い頭を下げた。


「危険な目にわせてすまなかった」


「え⁉」


「あたしがすきを作ってしまったばかりに、あのようなことになってしまったから……。すまない」


 急に謝られたため何事かと思ったが、理由を聞いて納得する。

 しかし、あれは茜のせいではない。沙羅の中にある半妖の血が、強まったことによるものだと思っていたので、特に気にしてはいなかった。


「いや、でも……、結果的に怪我もなかったし、大丈夫だから」


 充がそう言うと、茜はゆっくりと顔を上げ、神妙な面持ちで「本当か?」と尋ねる。


「本当だよ。そもそも大きな怪我をしていたら、沙羅の手当てをしているどころじゃないし」


「それならいいんだ。とにかく聞くのが遅くなって悪かったね。今のあたしにとって沙羅が一番だから、どうしてもそのほかのことが後になってしまう」


「……」


(……そう言われたら、何も言えないじゃないか)


 茜が沙羅を一番に思っているのは明白だ。

 ゆえに充のことを二の次に考えているのは仕方がないし、はっきりと言われてしまったら、何も言いようがない。


 充はため息をつくと、茜に次のことを聞いていた。


「なあ、どうして茜は沙羅の面倒をみているんだ? 半妖の血を飲む前から鷹山ようざんにいるらしいけど、本来ここは人が踏み入れる場所じゃないだろう。旭村あさひむらの人だって、入ろうとしないんだ。……葵堂の人は例外なのかもしれないけどさ」


 茜は充が話し終わると足をくずし、片膝かたひざを立てて座り直す。

 彼女は少し考えてから、その質問に答えた。


「あたしも詳しいことは知らないんだ。聞いた話によれば『親に捨てられて、鷹山のふもとに倒れていたところをお天道さまが受け入れた』らしい。だからここで世話をすることになったんだ」


「捨てられた?」


 茜はうなずく。


「そのように天狐てんこに聞いている。まあ、相手は化けぎつねだから、何か嘘をついているんじゃないかって思っているけどね」


「てんこ?」


 銀星が言っていた名と同じである。聞き返すと、茜は「そうか、充はまだ知らないのか」と言ってから、何故か億劫おっくうそうに答えた。


「『天』に『きつね』と書いて『てんこ』と読む。字から分かる通り、狐の妖だ」


「なるほど……」


「狐の妖怪は、総称して『妖狐ようこ』というんだが、『天狐』は格が違う。千年は生きていると言われている妖怪だから、その分、妖力も恐ろしく強く、知恵も多く持っている。地域によっては神獣とも言われ、あがめられる対象でもあるらしい。その強さから、ここでは一目置かれているし、外から入ってこようとする妖怪たちの牽制けんせいにもなっているんだ」


「へえ、いい妖怪なんだな」


 充が感心して言うと、茜は何か納得できないところがあるのか、むすっとした表情を浮かべた。


「まあ……弱者に対してそれなりに優しいのは認める。沙羅のことも、人間でありながらも鷹山で生活することをお天道さまから認められたあと、天狐から『茜が適任だから』って頼まれたわけだからね。だけど、気難しいところがあるし、時々嘘をつくことがあるから信用できないんだ」


「何で適任?」


 茜は大袈裟おおげさに肩をすくめる。


「……さあ。あたしにはよく分からない」


「そんな……よく分かりもしないのに引き受けるなんて、茜はお人好しだな」


 天狐という妖怪が強いため、口答えをすることもできずそのまま受け入れるしかなかったのかもしれないが、理由が分からないまま沙羅の面倒をみることになり、挙げ句には半妖の血を飲んだせいで毎日暴れる彼女を追いかけなければいけない茜を見ていると、気の毒にもなってくる。


「まあ、あたしが放っておいたせいで、問題が起きたあとに色々言われるのも嫌と言うのもあるが……、どちらかというと、性分なのかもしれない」


 茜はぼんやりと呟く。

 充はどういうことだろうと思い、聞き返していた。


「性分?」


「あたしの父は、世話焼きな鬼だったんだよ。もしかすると、それを受け継いじゃったのかもしれないね」


 彼女は何か遠いものを見つめるかのような目をして、ぽつりと言った。


(茜って、お父さんのほうが妖怪だったんだ……)


 充は「ふぅん……」と相槌あいづちを打つ。

 そのとき、ある疑問が彼の頭の中に浮かんだ。


(そういえば、茜は何で鷹山に住んでいるんだろう? 風流は母親に捨てられたからって言っていたし、沙羅も親に見捨てられている。……よく考えてみたら、鷹山にいる子たちは、誰一人として親と一緒の子がいないな。もしかしてここは、身寄りのない子が住むところなのか……? だとしたら、茜も――)


「充はどうなんだ?」


 茜に声を掛けられ、充ははっとする。


「え? な、何が?」


 慌てて何のことか尋ねると、茜は静かな声で言った。


「あれから時子のことは気にしていないか?」

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