第20話 薬の値段

 茜は来る日も、来る日も、半妖の血が馴染なじむのを待っている。


 だが、中々そうなってくれない上に、暴走してしまう沙羅に薬を飲ませるため、鷹山ようざんの中を駆けずり回っているのだ。


 半妖の血によって暴れる沙羅が、茜になぐるは当たり前。みつくこともあれば、爪で引っかくこともある。

 血が馴染むのを待つために、辛抱しているわけだが、その日は一向に来てくれない。いつ来るかも見通せないでいる。


 そのような大変な日々を過ごしていても、茜は「あたしは丈夫だから」とは言う。

 確かに彼女の場合、傷つけられたとしても治りが早いので問題ない。

 だが、殴られたり蹴られたりすれば痛みはあるだろうし、嫌な気持ちにだってなると思うのだ。


 それだけでなく、山小屋に帰ってきて沙羅の手当てが終わると、必ずと言っていいほど裁縫さいほうをしている。より一層寒さが厳しくなり、そでの長いものを着ているのだが、沙羅はそれを引きちぎってしまうからだ。


 これほど沙羅に迷惑を掛けられているというのに、茜は彼女に対する行動は変わらない。むしろ、懸命さは充が出会ったときよりも深くなっているように思えた。

 

 だが、ここまで親身になっても茜と沙羅は赤の他人である。

 家族ですら見捨てることもあるのだ。充はそれを身をもって経験しているため、茜が限界に達するのも時間の問題だと思った。


 そのためここまで迷惑をかけるなら、沙羅を追い出したほうが茜にとっては楽なのではないかとすら思ってしまう。


(そもそも沙羅は、何で人の住むところじゃなくて、妖怪たちの住む鷹山に居続けて、半妖の血を求めてしまったんだろう)


 故郷に帰りづらければ、旭村あさひむらの村長に相談して、暮らせるようにしてもらうことだってできたかもしれない。少なくとも半妖の血を飲む前までであれば、時子の伝手つてを使えばできたはずである。


(本当によく分からないことばかりだな……)


 充は小さく息をつくと、薬箱の上段からはまぐりを取り出す。この二枚貝の中には、「紫雲膏しうんこう」という濃い紫色をした膏薬こうやくが入っているのだ。

 紫雲膏は、傷によく効く。充は紙片を取り出すと、そこに紫雲膏をり広げ、そのまま沙羅の右腕の傷が深いところに貼り付けた。


(よし、終わった)


 これで今日の分の手当ては終わりである。


「茜、終わったよ」


「ありがとう。今日の薬代は?」


「二十五もん(=約750円)。水薬と膏薬の分」


 金額を言うと、茜は深紅の瞳を少し見開いた。


「昨日より少し安くないか?」


「水薬の睡眠薬を使わなかったからね」


「ああ、そういうことか」


 値段の内訳は水薬が五文、膏薬が二十文である。


 以前茜が、「水薬は妖老仙鬼ようろうせんきという妖怪から、葵堂が特別に譲り受けている」と言っていたことを考えると、「水薬は葵堂にしかない貴重な薬であり、その上よくく」という意味で、一枚二十文はしてもいいのかもしれない。


 腹痛などによく効くとされる反魂丹はんごんたんが、一粒二十文で販売しているからだ。


 しかし義母ははによると、薬の作り手が「あまりもうけを考えていない方」らしく、よく効く薬であるにもかかわらず、仕入れ値がたったの一文なのである。薬屋葵堂では薬ごとに見合った付加価値を付けるため、水薬は五文。葵堂で扱っている薬の中で最も安い。もしかすると、どの薬屋で扱っている薬の中でも、水薬に勝る安さのものはないかもしれない。


 そのため利用する患者にとっては有難い薬ではあるが、沙羅の治療は毎日である。


 昨日までは、睡眠薬の水薬も使っていたため、今日より五文多かった。日によっては、ほかの薬を使うこともあったため、その分薬代も加算されたこともある。

 茜は、少なくとも三十文をひと月半の間、ずっと払い続けているのだ。


(沙羅の面倒を見て、自分の服のつくろい物をして。茜のことだから、きっと水瓶みずがめから使った分の水も汲んできているに違いない。毎日このようなことをしていて、働いている暇なんてないだろうな……)


 充は心の中にぽつりとそんなことを思い浮かべたが、すぐに自分で否定した。


(いや、待てよ。そもそも、茜が人の世では働けないかも……。妖術の「変化の術」を使ったとしても、いつかは「半鬼」であることを気づかれることを考えると難しそうだ。……だったら、茜はどうやってお金を手に入れているのだろう……?)


「分かった」


 茜はうなずくと、ぼろの袖口そでぐちからがま口の財布を取り出し、銭十文の硬貨を二枚と銭一文の硬貨を五枚を充に支払った。


「……はい、確かに」


 充はお金を受け取って、間違いないかを確認したあと、ふところに入れていた布袋に入れる。

 それが終わって顔を上げると、茜が充をじっと見ていた。

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