第18話 銀星
少年はすっと充のほうを振り向くと、静かな声で「ぎんせい」と答えた。
「ぎんせい?」
聞き返すと、こくりとうなずく。
「『銀』に『星』と書く」
充は字を頭に思い浮かべ、そしてもう一度銀星を見た。白銀色をした髪の色と同じ名前に、彼の姿によく似合っている。
「銀星か……。きれいな名前だね――」
そこまで言ってから、はっとした。
「銀星」とは、沙羅に血を分けたという半妖のことではなかったか。
確証はないと茜は言っていたが、血の影響が見た目に影響するなら、今の沙羅の姿は彼に似ている。髪は白く、爪は黒く鋭い。
(茜は、仮に銀星が血を与えていたとしたら、彼と沙羅の間に『誰かがいる』と言っていた。銀星が沙羅に血を与えるなんて考えられないからって……。だとすると、銀星は誰に頼まれて血を与えたんだろう……?)
「どうかしたか?」
銀星は充の顔を
「あっ、いや、その……、どうして銀星は水を持っていたのかなって……」
慌てて取り
そもそも、初対面である銀星が、充がここに落ちたことに気づいてくれたことと、水の入った竹筒を持っていたことが不思議だったのだ。
「頼まれて見張っていた。水は念のため」
「頼まれた?」
充が小首を傾げると、銀星が「——
充は「え?」と聞き返す。
「
(『てんこ』? 『てんこ』って誰のこと……? もしかして、銀星の血を沙羅に与えるように仕向けた……とか?)
「あの、『てんこ』ってどういう人……、じゃなくて妖怪ですか?」
詳しく話を聞こうとしたが、銀星はそれ以上話すつもりはないらしく、くるりと背を向けてしまう。充は慌ててその背に声を掛けた。
「ちょっと、待って」
しかし銀星はちらりと振り向き、目元に涼しい笑みだけ浮かべると、そのままどんどん歩いて行ってしまう。ついて行けば山小屋に辿り着くのだろうが、どうやらこれ以上は彼に何かを聞くことはできなさそうだった。
銀星の背に黙ってくっついて歩いてから、体感的に一刻(=約十五分)もかかってないくらいで山小屋へ戻ってくると、ちょうど反対の山道から茜が沙羅を横抱きにして下りて来た姿が遠目に見えた。
「着いたぞ」
銀星が振り返って言った。充は彼に視線を向けてお礼を言う。
「ありがとう」
「ああ」
銀星は短く返事をすると、それ以上山小屋に近づこうとはせず、小屋の裏手にある竹林のほうへ歩いて行ってしまう。
充は、どうしたものかと悩んだ末に、彼の名を呼んだ。
「銀星」
彼は振り向くと「何だ?」と聞いた。先ほどとは違い、少し硬い雰囲気がある。沙羅がいるからだろうか。だが、そのことには触れず、ただ「また、会える?」とだけ聞いた。
充が、沙羅と銀星の関係を知ったところで、きっと何の解決にもならないだろう。
だが、彼が事情を知っているのなら、話を聞けば半妖の血が欲しいと思った沙羅のことを少しは理解できるのではないかと思ったのだ。「患者の気持ちに寄り添うこと」は、充が
銀星がどういう返答をするのか待っていると、彼は
「茜」
充は山小屋のほうへ小走りに近づき、茜との距離がだいぶ縮まったところで名を呼ぶ。気づいた茜は沙羅から顔を上げると、「手当を頼む」と短く言った。
「うん」
三人が山小屋の中に入ると、その瞬間複数の小さな影が一斉に隣の部屋へと移動する。
隣の部屋に逃げたのは、「沙羅がいると、何をされるか分からない」と思っている子どもの半妖たちだ。彼女に怪我をさせられた子もいるため、警戒するのも当然である。だが、
「充、枝は?」
ただ一人、居間に残っていた風流が、土間にいる充をじっと見つめて言った。「持ってきた芋を
「ごめん、ちょっと色々あって、集められなかった」
本当は沙羅と茜と出くわして、それどころでなくなってしまったのだが、本当のことを言うと隣に立っている茜が何を言うか分からないので、
「そう」
風流は冷たく言い放つと、土間に下り、
「ここにいていいんだぞ?」
彼女の背に茜が優しく言うと、風流は勢いよく振り返って悔しそうな表情を浮かべる。
「私は……!……いたくないの!」
そう言い放つと、だっと駆け出してしまう。追いかけたほうがいいのかもしれないが、沙羅の手当をしなければいけないため、そうも言っていられない。
「……」
充はそっと茜の後姿を見る。彼女は肩を落としたあとに、充を振り返って苦笑した。
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