第8話 「妖術」の一つ、「変化の術」

「妖怪の術だよ。妖術ようじゅつとも言う」


 だが、初めて聞く言葉に充は小首をかしげる。


「ようかいのじゅつ?」


「そう。見たことは?」


 今日まで見たことなどない。そのため、首を横に振った。


「……茜が人の姿になっているのが、妖怪の術っていうなら、それが初めてだよ」


 すると茜は「そうか」と素っ気なく言って、言葉を続ける。


「簡単に言うと、不思議な現象を起こす技みたいなものだよ。妖術っていう大きな括りがあって、変化はその中の一つの技だ。これによって、見た目を化かすことができる」


「どうやってやるの?」


「術が掛けられた葉っぱがこの小屋に置いてあるんだよ。それを体のどこでもいいからっておくと、求めた通りの姿にしてくれる」


(たぬきが葉っぱで化ける話みたいなものかな……)


 充はそんなことを思う。

 村の大人たちが、よく子どもを楽しませたり、妖怪を危険なものと教えるときに狸が葉っぱで化ける話がでてくるのだ。そんなことはあり得ないと思っていたが、どうやら妖怪の間では本当にあることらしい。

 信じたくはないが、見てしまったからには「嘘」とは思えない。


「ふぅん……」


 充が分かったような分かんないような相槌あいづちを入れると、茜はもう少し術について教えてくれた。

 

「だが、変化の術は永遠にはかない。葉っぱに備わっている術が時間が経つについれてなくなっていくのと同時に、葉っぱそのものもだんだん削られていくんだよ。葉っぱが全てなくなったら、変化は自動的に解除される」


「それじゃあ、鷹山を上るにつれて茜の姿が変化していったのは、変化の術が消えかかっていたから?」


「いいや。あれは鷹山ようざんの中では無効だから消えただけで、葉っぱにはまだ効力はあったよ」


 そう言うと、茜は袖のない小袖の左腕の裏辺りから、何かを取り出し「ほら」と言った。彼女の手に載せられてあるのは、半分くらいが虫食いになっている、艶のある緑色の葉である。見た限り椿の葉っぱだろうか。


「本当だ。じゃあ、どうして変化が解けたの?」


 充が尋ねる。茜は唇を突き出し、大きく肩をすくめて見せた。知らない、ということなのだろう。


「……詳しいことはよく分からないけど、妖怪しか住んでいない場所で、変化も必要ないからってとこかな」


「ふぅん」


 充がうなずいたのを見て、茜は脱線した話を戻した。


「まあ、そういうことでさ、鷹山には妖怪たちがいる。それを村の大人たちが代々言い伝えているから、人はこの山には入って来ない。そのお陰でこっちも生活しやすいし、そっちにも問題は起きない。だけどここには『半妖はんよう』や『半鬼はんおに』なんかも住んでいるんだよ」


「はんよう?……と、はんき?」


 これまた初めて聞く名前に、充は小首を傾げる。


「半分人間の血が混じっている妖怪たちのことだよ。鬼の場合は、『はんおに』とか『はんき』とか呼ばれている。この辺りではもっぱら『はんおに』だね。でも、面倒な人たちは人間と妖怪、人間と鬼、どちらの間に生まれた子も総称して『半妖』って言っていたりするね。そしてあたしも半鬼だ」


 充はその瞬間、血の気が引くのを感じた。


「それって……人間と妖怪がまじわるってことか……?」


「まあ、端的に言ったらそうだね」


 茜は淡々とうなずく。


「人と心を通わせた変わった鬼や妖怪は、肉体関係を持つことがある。そうすると半分人間、半分妖怪の血を持った子どもが生まれるんだ」


 人間と妖怪が交わること自体考えてもみなかったことなのに、人間と妖怪が心を通わせることがあるなど、充には到底理解できそうになかった。


 確かに、目の前にいる茜は理性があって人と話すことが出来ている。しかし、これまで村で聞いていた話では、妖怪と心を通わせることはおろか、話すことすら出来ないと思っていただけに、子までせることが衝撃的だった。


「しかし、人間と妖怪……しゅが違うのにそんなこと可能なのか?」


 生物学的な意味の問いに、茜はにやりと笑う。


「君は、妖怪との子でも作りたいのか?」


 質問に対し、ややこしい質問を返してよこしたので、充は反射的に「そんなこと聞いてない!」と返してしまった。顔が熱くなるのを感じ、さらに誤解を招くのではないかと焦っていると、彼女はあざけるように呟いた。


「それならいいが。人間と妖怪の間に子を作るのは、まあ……やるものではないよ」


「……」


 先程まで飄々ひょうひょうとしていた彼女の表情に、どこか暗い影のようなものを感じる。内心その意味を問いたい気持ちがあったが、「今はその話を聞くときではない」とこらえ、充は「続きを」と話を促した。

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