第9話 人と妖の血を半々に持つ子たち

「——全ての半妖たちに当てはまるわけではないけど、体は半分人間の血肉で出来ているから、怪我をしたり病になったりすれば、人間に合った薬や治療を必要とする者もいる。だから葵堂とは昔から繋がりがあるのさ」


「じゃあ義母かあさんは、以前から鷹山のことを色々知っていたってことか。それで、全く物怖じしなかったんだ……」


 茜は「そういうこと」とうなずく。


「鷹山が人間との間に境界線を引いてからの付き合いだからな。君やるいで三代目だったはず。それくらいの間、鷹山と関わり続けてもらっている。……あたしも聞いた話だけどね」


「類」とは充の義理の兄で、時子の実の子だ。

 充とは五つほどとしが離れており、養子の充にも優しい義兄あにだ。


 また、両親に似て薬の知識が豊富である。葵堂に来たばかりのころは一緒に村人が集まるところに一緒について行って、人々に薬の効用を説明している義兄の姿をみたことがあるが、それは立派なものだった。村人に問われたことは何でも答えることができる、頭の良い義兄なのである。


 しかし、充が店番や村に薬売りをするようになってからは薬の買い付けに出ており、ここひと月ほど帰ってきていない。


「そうなんだ……。知らなかった」


 実子である類のほうが優遇されて当然なのは分かっているが、義兄は「鷹山」と「葵堂」の関わりを知っていたと茜に教えてもらうと、充は少しがっかりしたような気持ちになった。


 すると茜は気の抜けた顔をする。


「呆れた。時子は、本当にこういうことはさっぱりなんだな」


「こういうことって?」


「『葵堂』と鷹山との繋がりをちゃんと話をしていないことだよ」


「僕は養い子だからね」


 自分の立場に苦笑すると、茜が意外なことを口にした。


「知ってるよ」


「え?」


「だから、そんなことは知っているって。でも、充は時子とおさむの子で、類の弟だろう?」


 修とは時子の夫であり、充の義理の父である。

 茜の言葉に充ははっとするも、彼女から目線をらした。


「そうだけど、血は繋がってないし……」


「関係ない」


 茜はきっぱりと言い、燃えるような深紅しんくの瞳で充を見た。


「修と時子が決めたことだ。だから君はあそこにいるべき人なんだよ」


 まるで訴えかけるように強く言った彼女は、そのあとふっと力を抜くように微笑を浮かべた。


「時子の忘れっぽいところは気にするな。誰に対してもそうなんだよ。見てる限り、あれは養い子だからとかは関係ないね」


「……義母さんたちのこと、詳しいんだね」


「そういうわけではないよ。ただ、充が見ているところと、あたしが見ているところが違うだけさ」


 充はどこか、「養い子」という立場に引け目を感じている。本当の子どもではないからだ。


 彼が修と時子の養子になったのは、今から六年くらい前のことである。義母が細かいことに頓着とんちゃくするような性格ではないこともその間に知った。そして優しいことも。それでもやはり、「養い子に話せないこともあるのだ」とずっと思っていたのだ。


「ありがとう……」


 充は気づいたら彼女にお礼を言っていた。


 今日初めて見知った相手に、家族のことを聞いてお礼を言うのは変な感じだが、「自分の家族のことを他者から聞くことができるのは、いいかもしれないな」と素直に思った。


「役に立てたならよかったよ」


 ふっと笑った茜につられて、ようやく充も笑みを浮かべる。自分のことや葵堂の話がいち段落したところで、充はかたわらで眠っている少女をちらりと見やった。


「あのさ。話が変わるけど、この子って人間なんだよね?」


 先ほど大暴れしていたとは思えないくらい、すっかり落ち着いている。


「そうだよ。普通の人間さ」


「本当に?」


「本当だよ」


 それなら、どうしてその姿に――。

 充がそう聞こうとすると、茜は察したように話し始めた。


「あの状態は、半妖はんようの血を摂取せっしゅしたせいなんだ」


「血⁉ 何でそんなこと……、いや、そもそも妖怪の血を飲むという発想がよく分からないんだけど!」


「充の言っていることは、よく分かるよ。誤解のないように言っておくけど、『妖怪の血を飲む』なんて、鬼の子どもであるあたしにもよく分からない行為さ」


「だったら何で……?」


 茜は小さくため息をつく。


「これは想像だけれど、強くなりたかったんだと思う」


「強くなりたかった……?」


「ここには半妖や半鬼がいるって言っただろう。そいつらの多くは、人間の子どもである沙羅を見下しているのさ。誰かよりも優位に立ちたくて沙羅を見下す」


「どうして?」


「力がものをいう世界だからだよ。半妖って、本物の妖怪から見たら肉体的に確実におとるからね」


「つまり、弱い者いじめをされるってこと?」


「近いな。しかもそういう感覚が子どものころから染みついているんで、鷹山ようざんの中で一番弱い沙羅をいじめたくなるんだよ。半妖の中には牙や爪を持っている者がいて、それを使われたらひとたまりもない」


 そう言って、茜は自分の爪を見る。


「だからあたしが守ってたんだけど、沙羅はそれが嫌だったらしい。誰にも守られなくても済むほどに強くなりたくて、血を飲んだんだと思う」


「沙羅の気持ちは分からないでもないけど、そもそも妖怪の血を飲んで人間って強くなれるものなの?」


「あたしも詳しいことは分からないけど、沙羅の様子を見る限り『妖気ようき』が影響すれば妖怪もどきにはなれるのかもしれない」


「ヨウキって?」


「妖怪が持つ、目に見えない力のことだよ。『気』といったらいいかな。あたしたちはそれをもって相手との強さを推し量ったり、どういう系統の妖怪なのかを判断したりするんだ。あとはそれが相手に攻撃的な影響をもたらすこともある」


「それじゃあ、沙羅はその影響があって苦しんでいるってこと?」


「そういうこと」


 茜はうなずく。


「妖気は他者の体に取り込まれた場合、体内のなかでその者と融合しようとするらしい。つまり沙羅に取り込まれた半妖の血が、沙羅と融合しようとして、あの姿になっているんだと思うよ」

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