もう祭りは終わってしまった《甲》

ぽぽ

第1話

 冷たい木枯らしが吹いている。秋を含んだその風はわずかに寒さを帯びていた。まるで生命を吸い取られるような感覚に見舞われ、妙に不気味に感じた。

 遠くから喧騒が聞こえる。祭りは終わったというのに、まだその空気は抜けきっていないらしい。ぼんやりと見える提灯と人の波を見ると、わずかに寂しさのようなものを感じた。

 私はさらに喧騒から離れるように歩を進めた。山の上へ上へ。あてなんてない。どうしてこんなことをしているのかもわからない。体が勝手に動くのだ。

 石段を進んでいると、そこに一人の子供が見えた。見た目十二か十三といったところだろうか。男児のようだが、幼いその顔には愛らしさが宿っている。

 私は上を見て歩を進めていたはずだが、子供はいつからいたのだろう。そんな私の疑問は、その子供の声によってかき消された。

「おじさん、どうしてここに来ちゃったの?」

 まだ声変わりのしていない声だが、やけに大人びたように感じた。よく見てみると、石段の座り方や雰囲気もどこか大人びている。

「さぁ……どうしてかな。私にもよくわからないよ」

 私は正直に答えた。本当に、なぜここにいるのか、どうしてまだ進もうとしているのか、私自身でも皆目見当がつかないのだ。

「ふぅん……そっか」

 少年は自身のすぐ横に視線を向けた。私は少年の視線に従い、すぐ横の石段に腰を下ろした。

「おじさんは、何やってる人なの?」

 何だっただろうか。一瞬そう逡巡したが、すぐ後に答えを思い出した。

「花火師だよ。花火を作っているんだ」

 少年は目を輝かせた。その顔を見ると、やはり少年なのだなと再認識した。

「もしかして、打ち上げ花火?」

「ああ、そうだよ。ちょうど、あの祭りでも打ち上げてきたんだ」

「すごい。僕、あの花火毎年楽しみにしてるんだ」

「はは。お世辞でも嬉しいよ」

 そうは言ったが、少年のその口からは間違いなく真実が放たれていた。嬉しい反面、面と向かって言われると照れくささもあるため、照れ隠しにそう言った。

「あ……でも……」

 少年は悲しそうに目を伏せた。

「来年からはもう見れないんだ。残念」

 私は訝しんだ。

「どういうことだい?私はまだまだ現役だよ」

「……まだ気づかない?」

 あたりに不穏な空気が漂った。少年が少し不気味に見える。だが私は話に付き合うことにした。

「花火を打ち上げてる時、事故があったよね。砲台のところで爆発してた」

 その言葉によって、私の脳内にフラッシュバックするものがあった。

 私を包む轟音と閃光。どちらも今までに体験したことがないほどの大きさだった。

 私は花火の制作以外にも、花火を打ち上げることもする。つまりあの光景は……

「そうか……つまり私はもう……」

 不思議と未練はなく、すんなりと受け入れられた。後悔や怒りといった感情もなかった。

「来年も綺麗な花火、見れるといいな」

「……ああ、そうだね」

 喧騒がだんだん遠くなっていく。提灯の光もやけにぼやけて見える。

 戻ろうという気は起きなかった。むしろ、祭りは終わったのだから早く先へ進もう、という気の方が大きかった。

「行こっか」

 少年が私を見上げて言った。私は首肯する。

 木枯らしが吹いている。夏の終わりを告げるその風は冷たさを私に与えた。死を与えてくれるような感覚が体の中を巡り、妙に安心感を覚えた。

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もう祭りは終わってしまった《甲》 ぽぽ @popoinu

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