第11話 秘密基地
「こうしてると、落ち着かない?」
スカイがまさにリラックスしたように囁くような声で言った。
「僕、時々ここで寝ちゃってリブ姉にすごく怒られちゃうんだ」
「体痛めるよ」
「だって、めちゃくちゃ気持ちいいんだもん」
さら、と二人の前髪が風に吹かれて流れる。満天の星空に、少し涼しいくらいの気温、遠くから聞こえるかすかな喧騒。まあ確かに、心地良い。
「…………、クラウ」
隣で、スカイがこちら側に寝返りを打った。ほとんど十センチもないような至近距離で向かい合う勇気はなくて、クラウは夜空を見上げたままで、ん、と小さく唸って返事をした。
「僕もさ、部屋を封鎖したいって思ってたんだ。結構最近まで。クラウとは少し違うんだけど、ネオンが星空を消しちゃいそうだし、部屋の中にポイ捨てされたり、タバコを吸われたりして汚されるのがすごく嫌だと思って。でもさ、久しぶりに散歩に行ったとき、それがすごく綺麗に見えたんだ。なんだか幻想的で、星空とマッチしてて、僕の町らしい姿なのかなって。だから、この秘密基地だけは僕の理想のままにして、他の部分は町がなるように任せたままにしようって。君にとってはありえないかもしれないけど、僕がざわざわしてるのが好きなのもあるかもね。どの雰囲気のこの部屋も好きというかさ……それで、思うんだ」
部屋が二つあればいいなぁって、とスカイが言い、クラウはそわそわと心をくすぐられたようだった。何を急に彼は__プロポーズみたいなことを。
結婚(でなくとも、同居、同棲)すれば、その夫婦の個人の“部屋”に加えて、二人には“家”の扉が与えられる。与えられるというか、扉のデザインは選べるけれども。言うなれば自治体から認められた“家”を持つ許可だ。その“家”は、住む人たちの部屋に影響されて内装が決まる。四季の部屋の持ち主が一つの家に住んだなら、日替わりか、方角によって季節が変わる家ができるといった具合だ。ドラマや小説なんかで、二つ目の部屋が欲しいだとか、君との家はきっとどんな風だとか、プロポーズの甘い言葉に使われた。
本好きな彼がまさかその常套句を知らないはずないだろう。けれど、まあ、きっと言葉通りの意味を超える意味はない。
「内装は同じでいいから、人が賑やかにしてる夜の町の部屋と誰も人のいない夜の町の部屋が欲しいなって、そう考えたら、心の切り替えができるようになって、嫌なことがあっても今みたいに寝転んだら落ち着けるようになったんだ」
スカイはそう括ってクラウの前髪に隠れた目を見つめた。
「でもクラウは、無理矢理開放させられてるんだもんね……僕はこの部屋で治療費を稼ぐしかないから……。でも、秘密基地を作ってみるのはいいと思うよ。君の部屋は、ホテルだっけ。ホテルに使っていないところで、どこか寝転がれる場所とか……」
「……あるかもしれない」
不意にクラウが軽くスカイの方を向いて、スカイはころんと枕の生地に目を落として逃げた。
「お、そうなの?」
「……君にも紹介したいな」クラウは急に飛び起きると、スカイの方を見た。「僕の部屋に来てくれる?」
スカイはもちろん頷いて、頰を紅潮させた。友達の部屋に遊びにいくなんて! 二人はさっそくスカイの自室に戻り、軽い身支度をした。小さなカバンを肩に下げ、髪をまとめて帽子を被ったスカイに、クラウが不思議そうに聞く。
「目立つんだ」
「不思議な髪をしているもんね」
「栄養が足りてないかららしいよ」
スニーカーに踵を入れながら、スカイが警察が履くようなミリタリーブーツを靴箱から取り出したのに驚いた。綺麗目なシャツとパンツに、カバンと帽子と靴の雰囲気がてんでバラバラでちぐはぐだ。それでいてなんか調和している。
クラウは傘も忘れずに持ち、スカイを待つ。扉の行き先の選択は部屋の主人にしかできない。彼にドアノブを握ってもらい、家の外に出るように開いてもらう。
「……! ここ、友達の家の近くだ」
「そうなの?」
クラウがふわふわの芝生の道に出て、街並みをぐるりと見渡しながら頷く。
「やあ、そうなんだ! ここなら僕、道を知ってるよ。いつかこっちから遊びに来たいな」
「う、それは難しいな……道を知ってるなら、案内、クラウに任せてもいいかなぁ。僕数年ぶりにここを歩くから、自信ないや」
「ああいいよ、じゃあまずは駅に行こう」
スカイが家の鍵を閉めて軽快な足取りで道に降りてくる。クラウはアバウトに駅の方向を指差して、彼を連れて歩き始めた。
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