第10話 星空の許容
「わっ」
ずっ、と体の下のシーツが引っ張られてクラウは目を覚ました。誰かが上から覗き込んでくるのを気配で感じ取る。
「クラウ……?」
スカイの戸惑った声にクラウは軽く振り向き、足はベッドの外へ落としたまま強張った身体を仰向けにした。身体に鉛が注ぎ込まれたように重たい。スカイもまだ起きたばかりなのか電気もつけずに、目を擦りながらクラウを見下ろす。
「おはよう」
「お、おはよう……どうしてここにいるの?」
「いえで」
「家出?」
「うん」
掠れた声で最低限だけ答えて、クラウはまた目を閉じる。スカイは彼は寝かせておくことにして、シャワーや着替えに動いた。
「あれっ、わー! 僕人生で初めて二日連続で起きたよ」
「うん……」
「クラウ、今日平日だけど学校はないの?」
「いい……」
「ご飯はいる?」
「ううん……」
スカイはクスッと笑って、やるべきことを終えると、クラウの隣に並んでベッドに寝転んだ。二人ともシャツ姿で寝転んでいるから、シワがたくさんできた。
「家出って、何かあったの」
よくぞ聞いてくれたと思いながらクラウは枯れた声でゆっくりと答えた。妹のこと、両親のこと。もしかしたら自分は、愛されていないかもしれないこと。彼が口を動かすごとに、顎から首へと木漏れ日のような照明がころころと滑った。
好きなだけここにいていいとスカイが言って、クラウは少し考えて小さく首を横に振った。
「私は、君がどこにいるかと聞かれたらここにいると答えるからね。クラウくん」
「はい」
やっとすっきりと目を覚まして、クラウはソファに座って彼女から紅茶の入ったグラスをもらいながら答えた。スカイの従姉が食事を持ってきて、彼女はクラウを発見して初めて柔和な表情を消した。
「話し合おうにも返事が返ってこないのは君のご両親も問題だけど、だからって衝動的にこんなことしていいわけがありません」
スカイはベッドの上で朝食のサンドウィッチにかぶりつきながら申し訳なさそうな表情だ。けれど、クラウは彼女のお説教がありがたかった。この世の中にも一応、まともな__常識的で優しい人間もいるんだと思えた。
彼女はひとしきりクラウを叱って、でも、と最後に労るように笑った。
「今は少し休んでいてもいいと思うよ」
「ありがとうございます」
クラウも少しだけ笑えた。
「やったぁ! じゃあさ、今日は僕の秘密基地を見せてあげる!」
両頬をリスのように膨らませたスカイが口元を押さえながら叫ぶ。彼の従姉が彼を見て微笑ましそうに笑ったのに、クラウはスカイの方を振り返って首を傾げる。
「秘密基地?」
「そう! 今から行こうよ!」
スカイは嬉しそうに立ち上がって、さっそくどこかへ歩き始めた。と、「あっ」と一度ベッドに戻って枕を脇に抱える。スカイが向かったのは寝室に入って中心にあるベッドの右側、ソファが置かれてあるのとは反対のスペースだ。
ええっと、と隙間なく飾られているドリームキャッチャーを見上げて、何かを探し始める。クラウがそれを不思議そうに眺めていると、スカイの従姉がソファから立ち上がった。
「じゃ、私は仕事に戻るね。お菓子は持ってこないからってスカイに伝えておいて」
「はい」
彼女は最後もにっこりと笑って部屋を出て行った。クラウはそれを見届けて立ち上がり、スカイの方へ行く。彼よりクラウの方がいくらか背が高くて、天井を見上げるぽかんとした表情がよく見えた。
「何を探してるの?」
「屋根に登る階段があるんだけど、その下ろし棒が見つからなくて……あっ、これだ!」
スカイがもさもさと羽の中を探って、何かを握った。と、がちゃっ、と音がして、ドリームキャッチャーが下がってくる。
「わ」
天井が開いて、折り畳まれた階段が姿を表した。スカイが背伸びしながら階段のロックを外し、階段を床まで下ろす。よし、と息をついて、彼がそれを上がった。クラウも後についていく。
スカイの部屋の屋根は四角いベランダのようになっていて、コンクリートの屋根を、回廊の手すりと同じ錆びた鉄の柵が囲っていた。どうやら階段をしまっているときは雨晒しのようで、クラウは驚いて思わず質問する。
「階段、雨晒しで腐ってしまわないの?」
「え?」スカイは屋根に座って枕を置きながら、不思議そうな顔をした。「あ……僕の部屋は、雨が降らないんだ。でも古くはなるから、一度取り替えたけどね」
スカイはそう答えた後、すっと空を見上げた。今日も今日とて、美しい星空だ。クラウもつられて見上げる。
「君は雨の町の部屋だったね。一度行ってみたいなぁ。僕、雨が降る音好きなんだ」
「……でもずっといると暗くて気が滅入るよ」
「あー、分かるな。僕も朝起きても暗いから変な感じになるよ」
クラウ、と呼ばれて、彼は夜空から目を離した。スカイが枕の左側に頭を寄せて乗せて、ハッチとは反対に足を向けて寝転がっていて、自分の頭の隣のスペースをぽんぽんと叩いていた。クラウは適当な距離を取って腰を落ち着け、上体を倒して枕を分けてもらいつつハッチに足を向けて寝転がった。
天の川が真上に横たわっていて、夜とは思えぬほど眩く輝いている。二人とも髪が細い猫っ毛だから、緩く風が吹くたび近づけた耳元や頰がくすぐったかった。
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