第8話 今日は悪いことしちゃおうか

母親が妹の部屋までもを利用して稼ぐことを考えていると聞いて、クラウは頭が真っ白になった。それから電話を切って家に戻るまでの記憶はどこか霞がかっていて、よく覚えていない。家の玄関で妹の靴を見て冷静になったクラウは、母親に怒鳴り込みに行くよりも先に階段を登って妹の部屋へ行った。


四つの扉のうち、こんこん、と淡いピンク色の下げ札のかかった扉をノックする。


「フラウ、僕だ」


扉はすぐに開いた。ぐすぐすと鼻の頭の赤くなった妹がクラウを部屋の中に引っ張り込み、すぐに扉を閉める。スクラップの錆びた無骨な匂いのする部屋に、ああ、妹の部屋だ、となんだか落ち着いた。クラウにひっつきながら廊下を歩く彼女の頭を撫でる。


妹の部屋は、広いコンクリートの地面の中心に彼女の自室があり、その周りには大小さまざまなガラクタが積み重なった山がある。広い空間がありながら空部屋がない、いわゆる箱庭タイプだ。折れたスマートフォンとかがスマートフォンが普及するより前からあったから、きっと未来で開発されるような機械が探せば出てくるだろう。けれど多分、母親が目をつけたのは妹の自室の地下の巨大なタンクだ。


ただの水か、何かの薬品か、それとも未知の成分のエネルギー資源か、妹が持ち出されるのを怖いほどに嫌がって、調べたことはない。けれど、妹がガラクタで新しいおもちゃを作るのに、その透明な液体を少しだけ使うのは知っていた。二人だけの秘密だと、こっそり教えてくれた。

地下室に蛇口がついているわけでもないのにどこから取り出しているのか、それすらも分からないけれど、母親も同じくおもちゃに液体を使うのを知ったのかもしれない。

金のことで頭がいっぱいの彼女だ、ふと思い出して欲に目が眩んだんでもおかしくないけれど。

カラフルな壁紙に工具がそこらじゅうに落ちているちぐはぐな部屋の隅に置かれたソファにクラウが座り、その正面の作業机の椅子に妹がつく。


「お母さんがね……」


話は予想通り、タンクの中の液体のことだった。途中で泣き出してしまった彼女にボックスティッシュを取ってきてやり、鼻をかむ様子を見つめる。

そもそも無断で持ち出せば犯罪になるけれど、個人の部屋から元々あった物を持ち出すのは部屋の主にとって体調を崩すほどのストレスになるだとか何かの研究報告書を読んだことがあった。たとえ回廊に落ちていた木の葉一枚でも、借りてもいいと了承を得たレコードでもだ。

妹はあの液体が持ち出されたら心のバランスを崩しかねないのを予感しているんだろう。


クラウは妹の頭を撫でて、一度部屋を出た。とんとんと急いで階段を降りて、珍しく母親の寝転がっていないリビングを横切ってキッチンへ行く。紙パックのジュースと二人分のコップを左手に、ポテトチップスの袋を右手に持ってもう一度妹の部屋に戻る。


「フラウ」


できるだけにっこりと笑いながら、妹にそれを掲げて見せた。


「今日は悪いことしちゃおうか」


兄とお手製のおもちゃで遊びながら母親のお菓子を食べて、妹は夜ご飯の時間にはすっかり機嫌を直した。父親が夕食に呼ぶ声に、はあーいと大きな声で答えながらお菓子とジュースを片付ける。


父親はクラウたちが間食をしていたのに、驚いたように片眉を上げた。兄妹がルールを破るのは珍しかったからだ。


「ご飯が食べられないだろう」

「ごめん、フラウが泣いていたから」


それを聞いて、父親は妹の方を見た。彼女は言いづらそうに唇を擦り合わせながら目を逸らす。父親に言っても、説得してもらえないと思っているのだろう。それは正解だ。なんたって説得してもらえなかった前例が数百件とある。


どこかに出かけていたらしい母親が帰ってきて、家族四人で食卓を囲んだ。普段は妹が父親に今日あったことを捲し立てて、クラウは一度聞いたそれを聞き流しながら食事をするのが常なのだけれど、彼女に元気がない今日なんかは会話がなくて黙々とした夕食になる。父親が苦手そうに妹から話を引き出し、彼女がぽそっと答える。


やがて食事も終わって、兄妹はまたジュースとコップを部屋に持ち込んで遊んだ。夜も更けた頃に妹を風呂に入れ、おやすみ、と部屋に行かせる。クラウは、ここからが本番だ。


「母さん」

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