第7話 新しい友達
「……『小さな兎は飛び跳ねました。しかし、樫の枝には届きません』」
「……それって、三話目?」
クラウは掠れた声に童話集から顔を上げた。尖った鼻先を天井へ向けて眠っていたスカイが、ベッドから少し離れたシングルソファに座って本を広げるクラウの方を首を傾げて見ていた。クラウと目を合わせて微笑んだあと、まだ眠たそうに目元をこする。クラウが学校から着いたばかりの、午後四時ごろだった。
「僕、何日で起きた……」
「四日だよ」「ん、おおー」「四日は、短め?」
「うん、かなり」
そうなんだ、とクラウは驚きながらもたもたと体を起こす彼を見つめた。
「長いとどれくらい眠ってるの?」
「二、三週間とかかなぁ」
「うわぁ」
スカイはゆっくりと床に立つと、ふらふらと廊下へ出て行った。少しして、水が流れる音がする。彼がゆっくりなペースだが忙しなく部屋を行き来し始めたのに、クラウは読書を再開して向こうから声をかけてくるのを待った。
やがて、シャワーを浴びて着替えたスカイが一段落したようにベッドに座る。
「クラウ、ご飯を持ってきてもらうんだけど、君も何か食べる?」
「いや、ありがとう」
「そっか」
スカイはサイドテーブルに伏せて置かれていたスマートフォンを持ち上げ、しばらく俯いて操作した。それを終えるとぽいとスマートフォンを放り出し、クラウの方へ来て隣のソファに座る。クラウは家から本と一緒に持ってきた栞をページに挟んで本を閉じた。
「僕さ、夢の中で君の声が聞こえて。そしたら目を覚ませたんだ。読み聞かせ上手いけど、兄弟でもいるの?」
「妹が一人」
「ふうん。可愛い?」
「もう三年生になって、最近は可愛くないなぁ。でも甘えられると言うこと聞いちゃうね」
ほへぇ、とスカイは興味深そうに息を吐いた。
「僕は四人兄弟の末っ子だけど、甘えたら言うこと聞いてくれるかなぁ」
「仲はいいの?」
「ううん、あんまり喋ったこともない。そもそも寝ているしね」
「じゃあ難しいんじゃないかなぁ」
「そっかぁ」
クラウはそれから話題を変え、童話集についての感想を交換した。まだ友達になって日が浅いので、話題はいくつもあった。そうしているとスカイの従姉が来て、二人のソファの前の机に食事の乗ったトレーを置く。
「毎日ありがとう、クラウくん」
彼女は看護師をしていて、スカイの点滴の管理をしている。毎日午後の五時になると彼女が来て、終わるまで部屋の掃除や家事をしていた。ソファで縮こまるクラウにも朗らかに声をかけてくれたりして、優しい人だ。
「こんにちは」
「本、どこまで読めたの?」
「三話目までです」
「リブ姉のお気に入りの話だね」
「そう! 終わりがとてもいいの、親子の愛があって」
他の兄弟を知らないから単に顔立ちの似やすい家族なのかもしれないけれど、彼らはとても似ている。彫りが深めで鼻筋が細く、長い下まつげがくるんと巻いていて特徴的だ。
「君は今のところ、何話目が好き?」
それでいて表情は子どものようなので、揃って見つめられると可愛らしく、クラウは頰を緩めながらそうだなぁと膝の上の童話集に目を落とした。
「僕は今のところ、一話目だったな」
「「カナリアが鳥籠から自由になる話?」」
「そう、ああいうの好きなんだ……。スカイは?」
ぱっとスカイが表情を明るくする。
「僕は、一番最後の話! ネタバレしたくないから何も言わないけどっ、他のを飛ばして先に読んで欲しいくらいオススメだよ!」
へぇ、とクラウは興味を持って、童話集の目次を見た。最終話は、『キリンとゾウ』。スケールの大きそうな題名だ。
「今度読むよ」
「うん!」
スカイが食事をかき込みながらにっこりと笑った。豆のたくさん入った煮物と海藻サラダ、コーンライスと栄養重視ながらも美味しそうな食事だ。スカイは最後に青汁を飲んですごい顔をし、口直しにデザートの果物をつまんだ。
「意外と食べるんだね」
寝てばかりではお腹も空かないだろうと思ったけれど、何日もそうだと流石に別なんだろうか。スカイ自身もよく分かっていないのか、成長期だからね、と曖昧な返事を寄越した。
「クラウ、いちごあげる」
「ありがとう」
自分はフォークで果物を食べ、スカイがピンの刺さっていたイチゴをクラウに差し出す。クラウは断ることはせず、彼の手に顔を寄せてヘタの切られたイチゴを食べた。酸味が少なく糖度の高いそれをもぐもぐとゆっくり味わいながら、思わずもう一つ頼んでみようか迷う。
その瞬間、ぶーっ、とクラウのバッグの中で携帯が振動した。三人揃ってびっくりしつつ、クラウは慌てて床に置いていたバッグから携帯を取り出した。画面を見ればかけてきたのは妹で、二人に断って廊下へ出る。
「フラウ? どうしたんだ」
妹は携帯を買い与えられたわけではないけれど、クラウがスクラップタウンの部屋と名付けた山盛りのガラクタのある部屋の中から黒電話を見つけ出して、自分で修理して使えるようにしてしまったのだ。けれどそれからかけてくるのは遊びで使った頃以来だから、ノイズ混じりの音声に耳を澄ませながら少し心配だった。何か、緊急事態じゃないだろうな。
『お兄ちゃん……』途端、うわあぁあんと泣き出す。『お母さんがぁっ……!』
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