第6話 スカイ
『____ピー……ガガガ……ご来場の、クラウ様、クラウ様。ご案内がありますのでエントランスへお越しください。繰り返します……』
ぼわんと反響したアナウンスが自分の名前を呼んで、クラウは飛び跳ねるように柵にもたれていたのから起き上がった。繰り返されたアナウンスをじっくりと聞いて、彼はまさかと思いながらも恐る恐る入り口の部屋へ戻った。
受付の女性に名乗るとスタッフたちがばたばたと何かを準備し始めて、とても怖かった。やがて二十代後半くらいの女性がクラウに名乗り、ついてくるように言う。
「私はこの部屋の主の従姉です」
彼女はすいすいと迷いなくどこかへ向かいながらクラウに愛想良く話しかけた。ほとんど一回り年下だろうけれど敬語を使われるのに、ホテルのスタッフと喋るようなむず痒さを感じる。
「スカイ……従弟はスカイと言うんだけれど、彼にドリームキャッチャーを贈ったそうですね」
「はい、……ここの星空がすごく綺麗で、お礼をしたいと思って」
くすくすと彼女が笑う。「とても喜ぶと思いますよ」
女性は鳥の背中のような部屋の一層目の左の翼の先にぽつんとある、小さな四角い部屋までクラウを連れて行った。ここへ来たとしてもすぐに通り過ぎて忘れてしまいそうな、なんの変哲もない部屋。古びた木の扉を引き開け、彼女が中に入る。クラウは慌ててついて行った。
クラウの後ろで扉が閉まると、しゃらしゃら、と何か軽いものがぶつかり合う音が廊下から部屋の奥へ流れた。頭上を見上げると、ドリームキャッチャーが隙間なく下がっているのに気づく。揺れる羽根で隠れてよく見えなかったけれど、どれもとても綺麗な装飾がされていて、一点ものばかりを集めたように似たものがなかった。
「スカイ」
女性が廊下の奥の扉を開け、木漏れ日のように不規則な灯りの灯された部屋へ声を投げる。少年らしき高揚した声が応えたのが聞こえた。女性に手招きされ、クラウは部屋の中に進んだ。
そこは、まるで魔女の寝室のようだった。中央に置かれた大きなベットの周りには本が山積みにされていて、天井からはぶどうのふさのようにドリームキャッチャーが下がっている。それは羽根を下げる紐の部分に吊り紐を結えてもう一つ、なんなら二つ三つ下げているものなんかもあって、クラウの鼻の頭をくすぐった。照明が変な風に光を落としているのは、ドリームキャッチャーがところ狭しと下げられているせいだろう。
やあ、と彼が言った。
「雨の町の部屋の住人さん、会いたかった」
にーっと子どものような笑顔を浮かべながらベッドの中心に座る少年がクラウに手を差し出した。クラウが思わず手を握ると、細い腕を折れそうにぶんぶんと上下させる。何回目かでぴたっと腕を止めると、彼はクラウに椅子を勧めた。女性は、微笑ましげに仕事に戻ると言って出て行く。
「同い年くらいだな」
「多分」
スカイは少し長髪で、白髪と黒髪が半々に混じった不思議な髪をしていた。クラウと握手したのと反対の腕には点滴がつながっていて、何か病気なのかもしれない。けれど表情は明るくて、どこにでもいそうな少年に見えた。
「ドリームキャッチャー、嬉しかった。僕はね、この通り、夢見が良くなくて」顔の横まで垂れ下がったドリームキャッチャーに触れ、にっこりと笑った。クラウが贈ったものとは別のものだ。「君のはここだよ。一番のお気に入りだから、一番近くに置いてるんだ」
クラウは作ったドリームキャッチャーは、ベッドの真上の壁に、わざわざ額に入れて飾ってあった。かあっ、とクラウの白い頰が赤くなる。
「うわ、やめて、見劣りしてるよ……」
「わあ、人のお気に入りをそんな風に言うんだ」
「だって、他のは職人が作ったものだろう。僕のなんか安っぽくて見てられないよ」
「どこが安っぽいのさ! アイデアが詰まった傑作だろ。例えば……」
「君のくれた本っ、今度読むよ!」
クラウが声をぶつけるように言って話題を変えると、スカイは可笑しそうに笑ってオススメだよ、と返した。「本は読む?」
「んん、まあ、それなりには」
「なら良かった! 読書が嫌いでも、あれは挿絵だけで楽しめるものだから大丈夫だとは思ったんだけど、話も面白いんだ。読み終わったら、感想を話さない?」
「いいよ、読み終わったら話そう」
「やった、約束だよ」
スカイは嬉しそうに言って、小指を立てた手をクラウの方に差し出す。クラウが指切りをしようと手を上げかけると、その前にふっと手を戻した。ふわあ、と大きなあくびをして引き戻した手を口元に当てる。
「……ごめん、僕もう眠くなっちゃった」
「分かった……明日も遊びに来てもいい?」
クラウがなんの気無しにそういうと、スカイは困ったように眉を下げた。
「……寝ているかも」彼がぐっと口元を引き締める。「僕、眠りすぎてしまうんだ。今日も久しぶりに起きて。……来てくれても、話せないかも」
「どれぐらい眠ってしまうの? 何日ぐらい?」
クラウが聞くと、スカイが緊張したような顔をした。
「……正直、分からない」
「じゃあ、毎日通うようにするよ。それならいいだろ?」
起きた日にクラウの部屋に遊びに来てもらうにも、点滴を繋げて遠出することはできないだろう。それなら自分が通えばいいかと思って、クラウは言いながらスカイの表情を伺った。
「え……」
「君のくれた童話集でも読んで待ってるよ」
途端、へにゃへにゃとスカイの表情が崩れた。笑顔はこの短い間にたくさん見たけれど、初めて見る、幸福そうな顔で笑う。
「僕、友達いないんだ」
「そうなんだ」
「クラウはどうしてそんなに僕に構ってくれるの?」
クラウは少し考えて、伏し目がちに出来るだけにっこりと笑った。
「僕、君の星空が好きなんだ。君のこともすごく好きだなと思っただけ」
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