第3話 クラウの部屋
腰のポケットのスマートフォンが振動しているのに遅れて気がついて、クラウははっと意識を取り戻した。慌ててスマホを取り出し、落とさないように欄干から離れながら応答する。電話は友人からだった。
「はい、なに」
『クラウ、どこ行ったんだ? 今僕たち、入り口のところなんだけど』
「ああ、ごめん、移動してた。戻るよ」そこで時間を確認して、クラウは思わず声に出した。「やばっ、一時間もぼーっとしてたんだ」
『あは、迷うなよー』
「うん」
急いでカバンを持ち上げ、クラウはばたばたと入り口へ戻った。二人がおーいと手をあげてくれる中に飛び込む。
「ごめん、せっかくだから散歩してた」
「いいよ、俺たちもゲーセンで遊んでて、お前のこと忘れてたし」
「いや、忘れるなよ」
お詫びに、と小さなぬいぐるみのついたキーホルダーを差し出される。要らなすぎて、クラウは受け取るふりもしなかった。
「ガールフレンドにあげたらいいじゃん」
「いやあ、サニ、こういうのつけないからなぁ……」
「なんで取ったんだよ」
笑いながら、三人は入り口の部屋の隣の、出口の部屋に入った。二人は同じ駅で、クラウは別の駅に向かうため、別の扉の前に立つ。じゃあ、と手を振りながら扉を押し開いた。
最寄り駅の改札を出て、クラウはため息をついた。まだざざ降りじゃないか、誰だ五時には止むとか言ったやつ。
妹はもう帰ってるだろう。そういえばあの子も傘を持って行かなかったけれど、降られなかっただろうか。
現実逃避でそんなことを考えて、クラウはのそのそとカバンを頭の上に持ち上げた。
向かうところは、家の扉ではない。普通未成年の部屋というのは両親の部屋を介してしか出入りできないけれど、クラウの部屋は違った。自分の部屋の扉を、誰でも出入りできるように開放しているからだ。
人にはそれぞれ、一つ部屋がある。それは館のようだったり、小さな一室だったり、屋外のような広い空間の中に回廊が巡り、空部屋がいくつもあったりする。部屋は店や学校と違い、作られ、与えられるものではない。人と同じく、親の部屋から生まれるものだ。
クラウは、雨の町の部屋と共に生まれた。
夜の町の部屋とは似ているようで対照的な部屋だ。いつも曇り空だから星なんて見えないし、人に貸して店をやるのではなく、部屋全体でホテルをやっている。人を感動させるような風景は用意できないけれど、人を隠し安心させるような時間ならやれる。けれど、クラウは雨の町の部屋に自分以外の人間がいるのがとても苦手だった。
家よりも扉が近い『0105番地施設用ドーム』まで走ると、クラウは制服にかかった雨粒を払いながら、雨の町の部屋の扉の前に立った。こちらの扉__家の廊下の扉ではなく、ホテルのエントランスの扉から部屋に帰るのは久しぶりだ。身分証明書として、片手をカバンに入れてごそごそと生徒証を探しつつ扉を開く。
「いらっしゃいませ」
ここもまた、夜の町の部屋とは対照的だ。受付の男性の上品な挨拶に会釈で返し、クラウは彼に近づいた。
「あの、僕、クラウです」
ここは観光だけでも入場料を取るから、自分がここの主だと示さないと母親の私腹を肥やすことになる。受付の彼は少し驚いたようにして生徒証を受け取りカウンターの奥へ消えた後、にこやかに御子息様と生徒証を返しながら仰々しくクラウに頭を下げた。その違和感に、クラウは思わず変な顔になりながらエントランスを出た。
とたた、と頭上の屋根を雨が不規則に叩く。クラウの部屋の回廊に元々屋根はなかったけれど、使っていないところを残して、母親が建築士に頼んで付けさせた。蜘蛛の巣のように放射状に広がる部屋の、外側から一番目と二番目は使っていなくて、三番目から五番目が客室で、六番目__中心はエントランスや食事を出すホールなどがある。同じ構造が下にもう二層。それより下はクラウすらも幼い頃に冒険に行ったっきりだ。
そして、一番上の層の一番外側の隅にあるのが彼の自室、唯一の彼専用の部屋である。
クラウはとりあえず妹に会いたくて、自室に向かった。途中、数人の人とすれ違う。
雨の町の部屋の客は、ずっと雨という環境で作業したいというアーティストなんかが長期滞在していることが多い。あとは単に観光だったり、時々、療養のため、という人もいる。春の町の部屋の主の青年は、クラウと会うとベンチに誘ってくれる。
自室に帰ると玄関にカバンを置いて適当に着替えて、クラウは急いで玄関に戻った。靴は履かず、廊下から身体を伸ばして扉を先に開ける。
外側に広がった家の明るい床板に土間を飛び越して飛んで、扉を閉めた。
雨のち流星群 たけきょー @kirei-kirei
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