5.バーベキューの火起こしがうまいやつは仕事ができる

 二度あることは三度あるなんてよく言うが、まさか四度目まであったとは驚きだった。

 奏、奈乃、マナちゃんときて、まさか実妹である美心まで……。

 僕は奏と付き合っている。結婚うんぬんは置いておくにしたって、でも交際相手がいることは事実で、ほかの女の子と……なんてこと、許されるわけがない。

 いずれにしても、マナちゃんや美心の気持ちに応えるわけにはいかない、それはわかっているんだけど……。


「お兄ちゃん、美心とおでかけしましょう! お買い物!」

「先輩、私と遊びに行きましょう! 映画なんてどうですか! 私チケット買いますよ!」


 いかんせん、二人の猛攻が止まらず考えがまとまらない。



 今朝の一件のあと、リビングのソファにそれぞれ腰かけて兄妹会議(+α)が執り行われた。会議とはいっても場に流れるのは沈黙に次ぐ沈黙で空気は最悪。スリッパが床を擦る音、わずかに腰を浮かせて座り直した時のソファの軋む音、鼻をすする音、咳払い……。普段は気にかけもしない生活音一つ一つが、異様に大きく耳朶じだを揺さぶるあの感覚……これは経験者にしかわからないね。わからない方がいいという説もある、というかむしろ僕としてはその説をぜひ推したいところではあったけど、まあ起きちゃったことは仕方ないしね!(逃避)

 最初に口を開いたのはわが最愛の妹、美心だった。以下がその全文。


「マナちゃん、ここからは恨みっこなし、バトルロワイヤルですよ!」


 はて何のことやら、というのが正直な感想だったが、どうやらマナちゃんには伝わったらしく、「負けないよ、美心ちゃん!」と、コバルトブルーの瞳にしたたかな闘志をたぎらせ、小さな手を胸の前でぎゅっと握っていた。


 これがさっきまでの出来事であり、その後「でもまずは奏さんを失脚させましょう。わたしたちの勝負はそれからです」と物騒極まりない握手で和解(かどうかは意見が分かれるところではあるけれど)した二人に挟まれて冒頭に至る。というか失脚ってなんだ、失脚って。



 両脇から腕を引っ張られ、右にぐいぐい左にぐいぐい。僕を綱引きのロープだとでも思っているんじゃあるまいな。

 まあでもとりあえず、


「買い物行こうかあ」


 食材無いし。あ、食器洗剤も切れてたっけ。今日はシトラスの香りにしようかな。



 *****



「では先輩、また連絡しますね! 美心ちゃんも学校でね!」

「うん、またね」

「マナちゃんさようなら!」


 そんなこんなで(雑)、帰宅後はマナちゃんも交えて三人で夕飯を食べ、七時を回ったあたりでマナちゃんはお迎えの車に乗って帰っていった。

 夕食の間もそれはもう大変だったんだけど、まあそれはこの際良いとして、問題はこれからの僕の身の振りというかなんというか、要はそういったところにある。

 僕も男だ。一人でも身に余るような美少女が、四人も僕を好きだと言ってくれているこの状況を嬉しくないと言ったら嘘になる。いやもうぶっちゃけめたくそ嬉しいというかはっきり言って気分がいい。愉悦すら感じる。

 でも同時に、だからといってなあなあにして、先延ばして、みんなを傷つけることが許されるはずがないという倫理観も持ち合わせているわけで……つまるところ、


「どうするべきか……」


 という問題に帰結する。

 最終的な着地点は揺るがない。僕が選ぶのは――自分が選ぶ立場であるという考え方にいささか抵抗は残るが――もちろん奏だ。ここは揺るがない。これは許婚だからとか、付き合っているからだとか、ましてや順番とかそんな理由ではなく、もっと単純な問題で。最大限簡潔にまとめるならば、僕は奏の事が好きだから、という表現になる。

 じゃあなんで、僕は迷っているのだろう。自分の中で答えは出ているはずなのに、拒絶できない理由は? はっきり言うことができない理由は? なあなあにして、流されてしまっている理由は?

 シトラスの香りに包まれたキッチンで、食器を洗いながら自らに問いかける。今のところ、解は出そうにない。



 *****



 五月五日、日曜日。波乱のゴールデンウィークも、残すところ今日とその振替休日である明日だけとなった。

 毎年この日こどもの日は桜庭家と藤原家合同バーベキューを催すことになっており、今年も例に漏れず盛大に執り行われていた。

 とはいっても、藤原家当主父さんその妻母さんは出張から戻ることができず欠席。この場にいる未成年者の保護監督業務はもっぱら奈乃の両親に委ねられている。あと僕の良心。


 奈乃のお父さんと二人でせっせこ炭を起こし、奈乃と美心が用意してくれた鉄串に刺さった肉や野菜をいくつかまとめて焼き台に乗せていく。

 炭火に炙られた食材から立ち上るにおいが鼻腔を刺激し、空腹感が掻き立てられる。


「蓮人君、塩コショウをとってくれるかい」

「どうぞ、おじさん」

「ありがとう」


 僕はこうしてバーベキューの準備をしたり、お肉を焼いている時間が結構好きだった。これでもかと食欲を主張する胃袋に鞭打つように、焦らして焦らしてコーラと一緒にかっ食らうのが最高に美味しいんだ。それを味わうために、敢えて美心や奈乃に優先的に焼きあがったお肉を与えているまである。


「蓮人、なんかあった?」


 一心不乱に鉄串を炙っていると、いつのまにか隣にいた奈乃が心配そうに声をかけてきた。


「なにもないけど、どうしたの?」

「何もないわけないじゃない」

「どうして?」

「……お肉、焦げてるわよ」


 驚いた。食材の焼き加減には自信があったのに、それだけ上の空になってしまっていたということか。

 取り繕うように愛想笑いをして見せて、奈乃のまなじりがそんなはぐらかしは許すつもりがないと伝えているのを感じ、僕は「うん」と呟くように肯定した。

 焼き台に置かれた食材を、一旦火力の比較的弱い端側に寄せる。

 額の汗を手の甲で拭って、こめかみのあたりを指先でぽりぽり掻いた。


「奈乃の事はごまかせないか」

「当たり前。何年蓮人の事見てきたと思ってるのよ」

「うん、そうだね、ごめん」

「……なんで謝るのよ」

「ごめん」

「……ま、いいわ。話したくなったら、その時に話してくれれば」


 奈乃は呆れたように肩をすくめ、氷水に沈められた缶ジュースを物色している美心のもとへ歩いて行き、しかし途中で踵を返してこちらへやってくると、今度はさっきより少し離れたところに腕を組んで立ち、ちょっとだけ釣りあがった大きな瞳で、僕を射抜いた。


「どうしたって、誰かは傷つくわ。ヘタにカッコつけようとしたって、逆効果になることもあるのよ」

「え?」

「なんでもない」


 脈絡のない奈乃の言葉に僕が聞き返すと、奈乃は返事をすることなく、ひらりとツインテールをたなびかせながら僕から離れて、バケツからコーラをすくい上げると「プシュッ」と小気味良い音とともにプルタブを開けた。


「うん、わかったよ。ありがとう」


 きっと聞こえてはいないだろうけれど、僕は喉を鳴らしてコーラ感を傾ける奈乃に、独り言よりも少しだけ大きな声で、お礼を言った。

 胸の中で、なにか弾けるような感覚がした。


「よし、焼くか!」


 パチパチと耳朶を打つこの音は、炭のくすぶる音なのか、それとも僕の胸の音なのだろうか。

 なんて、少しだけポエマーを気取ってみて、それがなんだかおかしくて、一人で笑ってしまった。







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2024年12月24日 08:00 隔日 08:00

幼馴染にフラれたら学校で一番可愛い女の子が許婚になった 高海クロ @ktakami

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