第4話 太陽だって沈む
井良々と中野が廊下で目を合わせる。
みんなが別れたことを知っているからこそ、緊張感が空間を満たしていた。
だが、俺だけが知っている。
二人の別れた原因が中野の“浮気”だということを。
「ひ、久しぶりだね……優也」
「久しぶり、明莉。元気にしてた?」
「げ、元気元気! ってか、それ聞くほど久しぶりじゃないよ!」
「あはは、確かにそうだな」
以前の二人からは考えられないほど、ぎこちなさが会話の中にある。
やはり別れたんだと思わずにはいられない気まずさだ。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
周りも空気を読んで黙る中、井良々が慌てた様子で口を開いた。
「そ、そうだ! 最近は大丈夫? 教科書とか忘れてない?」
「あぁ、大丈夫だぞ。明莉に散々怒られたからな」
「私そんなに怒ってた⁉」
「説教はされてたかな」
「そっかぁ、それはごめん……って、教科書忘れた優也が悪くない⁉」
井良々がそう言うと、中野が「あははっ」と笑みをこぼした。
「優也?」
「いや、明莉が元気そうでよかったなって思ってさ。少し心配してたから」
「っ!」
……なんだよ、それ。
なんでお前が心配するんだよ。
「何かあったらいつでも俺に相談してな? もう彼氏じゃないけど、幼馴染であることに変わりはないからさ!」
「……うん。えへへ、ありがとう」
井良々がにへらと笑みを浮かべる。
すると中野は満足げに頷き、男子生徒たちと一緒に井良々の横を通って行った。
「なんだ、結構仲いいままじゃん」
「円満に別れたって感じだな~!」
「ってかイイ男すぎだろお前!」
「あははっ、そんなんじゃないっての」
中野たちの声が遠くなっていく。
井良々はしばらくその場にとどまった後、来た道を戻るように踵を返す。
――そのとき。
棒立ちの俺と目が合った。
「…………あはは」
井良々は俺を見て力なく笑うと、そのまま逃げるように立ち去る。
その一瞬に見えた井良々の表情が、頭に張り付いて離れない。
「……元気って、全然嘘じゃねぇか」
ぽつりと呟いたその言葉は、あっという間に喧騒に消えていった。
昼休み。
騒がしさから逃れるように校舎の奥へ進んでいく。
もちろん昼ご飯を食べるのだが、俺が教室で食べてると空気が悪くなるからな。
おまけにただでさえ席の奪い合いなのに、俺の周りには誰も座らないからめちゃくちゃ場所を取ることになる。
莫大なコストを消費するモンスターカードみたいな感じだ。
例えがわかりづらいな。
とにかく、俺も一人でいて惨めな気持ちにはなりたくないので、人が誰もいないとっておきの場所にいつも来ている。
それが教室から一番遠い、サブ的な駐輪場前の階段なのだが……。
「ん?」
珍しく人影が見える。
誰にも知られていないと思っていたのだが……仕方がない。
今日は第二候補の場所に……。
「……井良々?」
「…………あ、京極くん」
って、なにまた話しかけてんだ俺は。
俺なんかが話しかけたら迷惑だろうが……。
すぐに立ち去ろう。
そう思ったのだが、
「……あ」
気づいてしまった。
井良々の目じりにうっすらと浮かぶ涙に。
「はっ! こ、これは違くてね! えっと、その……そ、そう! さっきの授業、現代文だったでしょ⁉ その文章があまりにもよくて感動しちゃって……!!!」
「AIの発達に関する話だったと思うんだが……」
「か、感受性が豊かなんだよね、私!!!」
豊かにも限度があるだろうが。
俺がじっと見ていると、井良々がやがて諦めたように俯く。
「って、京極くんは知ってるんだし、隠す必要もないよね。こないだも散々泣いてるところ見られちゃったし」
「いや、その……ごめん」
「ううん、いいよ別に! それに……こんな話、誰かになんて話せないからさ」
井良々の表情が沈んでいく。
そんな井良々を見ていたら、色んな感情が湧いてきた。
「頑張ろうっ! って思ってたんだけど……やっぱり、難しいものだねぇ……あはは」
井良々が渇いた笑みを浮かべる。
しかし、それもすぐに消えてなくなってしまった。
井良々は悪くない。井良々は、ほんとに……。
「すごいよ、井良々は」
「……え?」
思わず言葉が出てきてしまう。
我に返ったときにはすでに遅く、井良々が泣き目で俺をじっと見ていた。
「えっと……その、中野のために浮気のこと言わなかったりとか、周りに気遣わせないように明るく振る舞ってるのとか、みんなができることじゃないっていうか……って、俺なんかに言われても嬉しくなんかねぇよな……悪い。忘れて……」
「――ありがとう、京極くん」
「え?」
感謝されるなんて思ってなくて、変な声が出てしまう。
すると井良々がぷるぷると体を震わせ始めた。
「なんか私、泣けてきちゃったよ。えへへ、あれだけ泣いたのにね」
ぽつぽつと井良々が涙をこぼす。
「あっ、すまん! 泣かせたいつもりじゃ……や、やっぱり俺の顔怖いよな! わかってたっていうか、話しかけるなよっていうか……! 俺、すぐどっか行くから! だから安心して……!」
――ぎゅっ。
井良々が俺の服の袖をつかむ。
「ごめんね、京極くん。少しだけこのままでもいいかな?」
「……あぁ、わかった」
俺が言うと、井良々が俺の腕に顔を押し付ける。
声を漏らし、やがてぼろぼろと泣き始めた。
元気を装っていた分、涙が流れていく。
俺は黙って、誰も来ませんようにと願いながら空を見上げた。
燦燦と頭上で輝く太陽。
そんな太陽でも、そのうち必ず沈んでいく。
そんな当たり前のことを俺は今更になって思い出したのだった。
♦ ♦ ♦
「っ! あれは……」
全校生徒に嫌われる俺、勘違い男に浮気された美少女と仲良くなってから周りの評価が変わり始めた 本町かまくら @mutukiiiti14
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