第3話 勘違い男の言い分
後日。
いつも通り遅めに登校し、自分の席に座る。
イヤホンで音楽を流したまま、鞄の中から文庫本を取り出していると井良々が俺の席にやってきた。
「おはよう! 京極くんっ!」
「っ⁉」
驚いた。
こんな人目がある教室で、俺に話しかけてくるとは……。
いや、昨日の話を聞く限り井良々はそういうの気にしない奴か。
「お、おはよう……」
ただ驚きすぎて、ついきょどってしまう。
情けない。ってかキモイ。
そんな気色の悪い俺なんてお構いなしに、井良々が俺の耳元に顔を近づけて言った。
「昨日はありがとねっ」
そう言ってにこりと微笑むと、「はいっ、これ」と俺の手のひらにおしるこを乗せてくる。
「お、おしるこ?」
「お返しとお礼っ! すっごく美味しいからおすすめだよ! じゃっ」
またしてもふふっと俺に笑いかけると、井良々が元いた集団に戻る。
「どうしたの? 京極なんかに話しかけて」
「何かされなかった? 大丈夫?」
「何かされるとかないよ⁉ というかむしろ、何かしちゃったの私かも……」
「「「……え?」」」」
「おしることか渡しちゃったし。コンポタの方がよかったかなぁ。でも糖分入ってないし……」
「「「お、おしるこ?」」」
「……へ?」
そりゃそういう反応になるだろう。
ってか井良々っておしるこのこと糖分入ってる飲み物として認識してるんだな。
変わってるというか……それはさておき。
やっぱり嫌われてるな、俺。
そんなことより、井良々が元気そうでよかった。
昨日あれだけのことがあったわけだし、学校を休むことすら想定していたが……まさかそれを感じさせないくらいに明るいとは。
さすが我が校の太陽と言ったところだ。
少しでもその人望の厚さ、俺に分けてほしいけどな……いや、俺は無理か。まず顔が。
ともかく、井良々が幸せであればいいなと思う。
あんなクソ野郎に傷つけられたんだ。
それ相応にいいことがあるべきだ。
……ということは。
俺と井良々が話すことはもうないんだろうな。
名残惜しい気もするが、それが普通だ。
昨日が異例だっただけで、俺と井良々は本来対照的な存在。
これがあるべき関係性だと思う。
「……ふぅ」
一息ついて、本を読み始める。
期待はしない。
だって俺は“京極新太”だから。
淡い期待など捨てて、本の世界に逃げ込む。
「……あ」
ふと、持っていたおしるこに気が付く。
……ごめん、井良々。
俺、おしるこ苦手なんだ……。
♦ ♦ ♦
あっという間に数日が経った。
俺は特に代わり映えのない日々を送っているのだが……。
「ねぇ、聞いた?」
「井良々さん、中野くんと別れたんだって?」
「めっちゃ意外だよね!」
「あんなにラブラブだったのにね~!」
学校全体に井良々と中野が別れた話が広がっており、校内はその話題で持ちきりだった。
しかし、どうやら別れた理由は明らかにされてないらしい。
……ほんと、井良々は優しすぎる。
きっと中野のために、浮気されたことは伏せているのだ。
それに比べてアイツは……チッ。
嫌なことを思いだした。
一人、周りの声をぼんやりと聞きながら廊下を歩く。
すると正面から見知った顔が歩いてきた。
「おい優也ぁ~! お前ほんともったいねぇって!」
「もうその話はいいだろ?」
「いやいや、今がタイムリーだっつーの!」
中野が男子生徒数人に囲まれながら談笑している。
しかも話題は井良々のことだった。
「ってかさ、何で優也、井良々さんと別れたわけ?」
「いやそれな! あんな可愛い彼女、世界のどこにもいねぇだろ!」
「いやぁ、それは……あはは」
「はぐらかすなって!」
「あれだろ。井良々さん、“アッチ”の方がマグロだったんだろ?」
なっ……。
「うわ~絶対それだわ! つーかヤらせてもらえなかったんじゃね⁉」
「マジかw俺それでも全然付き合いてぇ~! 胸はさすがに揉んだだろ? どうだった? やっぱデカかったのか⁉」
「教えろよ優也っ~!」
……なんて男子高校生という生き物は最低なんだろうか。
そう思っていると、中野がふっと息を吐いた。
「そんなんじゃないよ。俺はただ明莉の気持ちを尊重しただけだ」
…………は?
「俺じゃ明莉を幸せにするに足らなかったってことなんだろうな。仕方がないよ。付き合うってそういうことだし」
……何言ってんだ、こいつは。
「ってことは優也、井良々さんにフラれたってこと⁉」
「まぁそうだな」
「うわっ、かわいそーwってか、あんだけラブラブな感じ出しといてフんのかよwww」
「ひっでぇなw」
「気にすんなよ? 他に絶対いい人いるからさ!」
「あははっ、ありがとな」
男子生徒たちに背中を叩かれながら笑みを浮かべる中野。
……こいつはずっと、何言ってんだ。
井良々が苦しみながらも別れを切り出したのは、お前が浮気したからだろうが。
そのことを井良々は中野のために言わずにいたのに……なんでお前が被害者みたいな顔で話せんだよ。
……許せねぇ。
世の中にはこういう自分のことしか考えられない、想像力の足りない“勘違い野郎”が存在する。
それがまさしく――コイツだ。
「――――チッ」
「「「「「ッ⁉⁉⁉⁉⁉」」」」」
中野たちを睨みつける。
「な、なんで京極に睨まれてんの?」
「なんかヤバくね?」
「怒らせるようなことしたか?」
したに決まってるだろ。
井良々はきっと怒れない。
だから全校生徒に嫌われる俺が、これ以上評価の下がりようがない俺が井良々の代わりに……。
そう思って一歩を踏み出した――そのとき。
「あっ」「……あ」
ちょうど階段から上がってきた井良々が、中野と向かい合う。
足を止め、目を合わせると気まずそうに呟いた。
「ゆ、優也……」
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