第2話 学校一可愛い女の子
二人、ブランコに座って空を眺める。
幸い公園に子供たちはおらず、ブランコ本来の使い方をしていない俺たちが迷惑になることはなかった。
手の平でペットボトルを転がす。
「ありがとね。飲み物まで奢ってもらっちゃって」
「いや、いいけど……」
井良々がプルタブを起こし、グイっとあおる。
それにしたって……。
「“おしるこ”、なんだ」
「……うん。泣いたら糖分足りなくなっちゃうから」
どっちかって言ったら塩分だろ。
いや、塩分でもないけど。
井良々がおしるこを飲み、一息つく。
俺は恐る恐る切り出した。
「あの、さ。その……ごめん」
「え、何が?」
「こんなときに俺に話しかけられたら嫌だよな」
俺は井良々に声をかけたことを後悔していた。
井良々は人の気持ちを考えられる人間だ。
きっと俺に気を遣っているだけで、ほんとは一人でいたいに決まってる。
誰かが傍にいてほしかったとしても、少なくとも人殺しとか言われてる俺じゃない。
なのに井良々に大人な対応させるとか……何してんだ俺は。
情けねぇ。
「俺、帰るわ。じゃあ――」
立ち上がり、公園を出ようと歩き始める。
「待って!」
すると井良々が俺の服の袖を掴んで引き留めた。
「私、京極くんに話しかけられても嫌じゃないよ?」
「え?」
「むしろ私の方が申し訳ないよ。恥ずかしげもなく泣いて……京極くんは私に気を遣ってくれたんだよね?」
「それは……でもほら、俺って“噂”流れてるだろ? 人殺しとか、色々……」
「でも私、京極くんがほんとにそうだって実際見たわけじゃないし。噂なんて鵜呑みにするわけないよ」
「っ!!!」
「それに、普段の京極くん見てたらわかるよ。誰にも迷惑かけてないし、そもそも大人しいし。しかも泣いてた私を見過ごせなくて、こうして私にポケットティッシュとおしるこをくれた。そんな人が誰かを傷つけるなんて、するはずないよ」
井良々の言葉に驚いて声も出ない。
そんな人、これまでいなかった。
みんな俺に勝手なイメージを押し付けて、勝手に決めつけて。
なのに井良々は、俺を……。
「ふふっ、私は自分の目で見たことしか信じませんからねっ!」
そう言う井良々は、やっぱり太陽で。
俺には今までで一番、眩しく見えた。
「えぇえええええええええ!!!」
井良々の声が無人の公園に響き渡る。
「あのとき、京極くんもいたんだ……は、恥ずかしいところ見られちゃったな……うぅ」
「見るつもりはなかったんだ。ほんと、偶然で……」
「じゃあ知ってるんだね。優也が浮気してたことも……私が優也とお別れしちゃったことも」
「……うん」
井良々が俯く。
「…………こんなこと、知っちゃった京極くんにしか話せないんだけど……話してもいい?」
「あぁ」
俺が頷くと、井良々がぽつりぽつりと話し始めた。
「実はね、前から優也の様子がおかしいなと思ってたんだ。頻繁に友達と遊ぶって言って出かけてたり、夜遅くに帰ってきたり。性格も少しだけ雑になったっていうか……それに、スマホをじっと見てることも多くてさ。嫌な予感がするなぁって。なんていうか……女の子の勘ってやつ? 働いちゃったんだ」
井良々が空を見上げながら続ける。
「そしたらね、たまたま優也を街で見かけて。そのとき、女の子といたの。ついて行ったら、そのまま……ほ、ホテル入っちゃって。でもどうしても信じられなくて。優也がそんなことするわけない! って。だから見間違いだって確認するために今日、優也の後をつけたの。そしたら、その……」
「二人がまたホテルに入ろうとしてた、ってことか」
「……うん。そう、なんだ」
井良々の表情が沈む。
今にも泣きそうな顔だった。
「まさか優也が別の女の子となんて……びっくりだよ。やっぱり私に不満あったのかなとか、色々考えちゃったし。何より……信じてた人に裏切られた気持ちになって、すごく悲しい」
信じてた人に裏切られる、か。
俺にもわかる。それがどれだけ辛いことか。
井良々が再び、ぽつぽつと涙を落とし始める。
「ひどいよ……ほんとに。ずっと一緒にいて、幼馴染で。それに前にね、優也が私を助けてくれたことがあって。居眠り運転のトラックが道に突っ込んできたときに、命がけでさ」
「え⁉ 居眠り運転のトラック?」
思わず声が出てしまう。
いや、でもまさか。
「うん。間一髪のところで優也がトラックから守ってくれて、手当もしてくれたんだ。目が覚めた時には救急車で運ばれてて、優也が傍で見守ってくれててさ」
「……あのさ、それって」
井良々が目に涙を浮かべながら俺を見る。
「…………いや、やっぱりなんでもない。話を続けてくれ」
そんなわけないし、今聞いていい場面じゃないな。
きっと別の話だし、俺みたいなモテない奴の気持ち悪い“勘違い”に決まってる。
「う、うん。それでね、そのときから優也のこと意識するようになって……付き合い始めて。もうすぐ一年経つって頃だったのに……こんなのないよね。……ひどい、よね」
俺は頷くしかできない。
すると井良々はブランコの金具をぎゅっと握りしめ、顔いっぱいに泣き始めた。
「浮気するなんて……私、優也のこと好きだったのに……っ!」
黙って泣く井良々を見守る。
今は泣けるだけ泣いた方がいい。
涙は悲しみを薄めるためにあるのだから。
それから、井良々は思い切り泣いた。
涙が枯れてしまうくらい、泣いていた。
しばらく経って。
目を真っ赤に腫らした井良々が立ち上がる。
「ごめんね! 付き合わせちゃって!! ってか私、めっちゃ恥ずかしいことしてたよね⁉ 人前であんなに泣くなんて……うぅ」
「あ、安心しろ。帰る頃には忘れておくから」
「そんな便利なことできるの⁉ どうやって⁉ 私にも教えて⁉⁉⁉」
「いや……できないです」
なんだかめちゃくちゃ申し訳ない。
「そ、そっか……残念」
井良々はしょんぼりしてから、俺に視線を向けた。
「ありがとね、京極くん」
「い、いや。俺は別に……」
俺も立ち上がり、照れ隠しに頭をかく。
すると井良々が俺の前に立ち、泣きはらした目で俺を見ながら言った。
「えへへ。京極くんって、すっごく“いい人”だね!」
井良々の言葉に胸を打たれる。
「そ、そんなことねぇよ」
俺はそっぽを向き、むずがゆさを逃がした。
今日この日、俺は学校一可愛いと評判の井良々と少しだけ心を通わせた。
でもまさか、これが俺の高校生活をがらりと変えてしまうとは思いもよらなかったけど。
♦ ♦ ♦
※中野優也視点
ベッドに愛実と並んで横たわり、天井を眺める。
「今日も気持ちよかったよ、中野くんっ♡」
「あははっ、俺もだよ」
そう答えると、愛実が俺の方に体を寄せてくる。
「でもよかったの? 彼女さんと別れちゃって。それに浮気バレちゃったのだいぶマズくない? ほら、学校で噂とかされちゃったりするしさぁ?」
「大丈夫だろ。明莉だし」
「ふぅん、そっか」
「まぁ別れたのは残念だけど……明莉がそうしたいっていうならそれに従うだけだよ。俺は明莉の幸せを心の底から願ってるからさ」
「ふふっ♡ 優しいんだね、中野くんは」
「そんなことないよ。明莉を傷つけちゃったし」
そう言いながら愛実の上にまたがる。
すると愛実は可愛く首を傾げて、俺の首に手を回してきた。
「もう一回、する?」
俺は頷くと、愛実の首元に唇を押し当てた。
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