全校生徒に嫌われる俺、勘違い男に浮気された美少女と仲良くなってから周りの評価が変わり始めた
本町かまくら
第1話 浮気現場
イヤホンで音楽を聴きながら、朝の廊下を歩く。
俺に気が付いた生徒たちは、恐ろしいものでも見るかのように顔を強張らせ、道を開けた。
イヤホン越しからでも、俺の噂をする声が聞こえてくる。
「おい見ろよ。京極だ」
「うわっ。朝から顔こえぇ……」
「悪人面すぎるだろ」
「ってかよく学校来れるよな。こんだけ避けられてて」
「頭イカレてんだろ」
「間違いねぇな」
「あんま見ちゃだめだよ」
「そ、そうだね」
散々な言われようだ。
そして極めつけは……。
「あれが“人殺し”の京極か」
京極とは俺のこと。
そう。俺、
ってか人殺しって。
「え、人殺し?」
「知らねぇの? 京極の“噂”」
「一年くらい前に血だらけで走ってたらしいよ」
「しかもちょうどその時期に殺人事件あってさ!」
「それにあの顔だろ? 絶対ヤってるって!」
……なわけないだろうが。
本当に人殺してたら、学校に来れるわけがない。
そこら辺の想像力がコイツらは乏しすぎる。
それに、あれはむしろ……。
ま、説明しても仕方がない。
どうせ意味がないから。
周りからの視線と声を無視して歩き、教室に入る。
俺が入ると一瞬、教室の空気が張り詰める。
これにもいつの間にか慣れてしまった。
黙って自席に座り、文庫本を開く。
誰とも干渉しない。したいという雰囲気すら出さない。
それが俺の処世術。高校生活での生き方だ。
「やっぱり、井良々さんって可愛いよね!」
「わかる! 美少女感半端ないもん!」
「オーラがすごいっていうかさ!!!」
「さすが、我が校のアイドルっ!!!」
ふと、一際騒がしい集団が目に入る。
その中心にいる、群を抜いて目立つ女子生徒。
「い、言いすぎだよ……えへへ」
照れくさそうにはにかむ美少女。――
目はパッチリとしていて宝石のように輝いており、顔立ちはモデル以上に整っている。
少し色が薄めの長い金髪が特徴的で、出るところはしっかり出て、引っ込むところは引っ込んでいる完全無欠のスタイル。
そんな芸能人のような眩しい容姿でいながら、性格は天真爛漫と明るく、人望も厚いという最強っぷり。
この学校で一番可愛いと評判で、例えるならば“太陽”のような存在だ。
まさに俺と対照的。
学園ラブコメで言えば、間違いなくメインヒロインだろう。
しかし、そんな井良々には……。
「明莉!!!」
男子生徒が井良々に向かって歩いてくる。
「優也! どうしたの? あ! もしかして……」
「また教科書忘れちゃってさ。悪いんだけど……貸してもらってもいい?」
「もぉ~! これで何回目⁉ しっかりしてよー!」
「ごめんって!」
井良々と親し気に接する男子生徒。
彼の名前は
幼馴染で、井良々の“彼氏”だ。
「もしかして優也、忘れても私が貸してくれるからって油断してない?」
「ギクッ」
「ほらやっぱり! そんな人には貸せないなぁ〜?」
「頼むよ明莉! あっ、そうだ。交換条件じゃないけど、これ」
中野がポケットから飴を取り出す。
いや飴って、女子高校生にそれは……。
「はっ! 飴だ……!!!」
「しかも棒つきだ」
「棒つき⁉⁉⁉ 贅沢……!!! ……ごくり」
目をキラキラと輝かせる井良々。
「これでどうでしょう」
「えへへ、おいし……はっ! ん、んんっ! しょ、しょうがないなぁ……。これで私が断っちゃったら? お菓子の価値を否定するみたいであれだしぃ? うん、お菓子の未来のため。これはお菓子の未来のために仕方なく渋々舌を噛むような気持ちで、受け入れてあげよう!!!」
お菓子の未来のためって。
なんでそんな重そうなもの勝手に背負ってるんだよ。
一応井良々にもお菓子で釣られる女子高校生は恥ずかしい、という意識はあるらしい。
しかし、隠しきれず上機嫌に飴をスカートのポケットにしまう井良々が「あ!」と声を上げる。
「そういえば今日の放課後一緒に帰るでしょ? 本屋寄りたいんだけどさ~!」
「ごめん! 実は友達と予定あって……」
「っ! ……そっか。さ、最近多いね! その……友達と遊ぶの」
「ちょっとな。マジでごめん! この埋め合わせは今度必ずするからさ」
中野が手を合わせて申し訳なさそうにする。
井良々は太陽のような笑顔を返した。
「うん、いいよ! 楽しんでおいで~~」
仲睦まじい二人。
もはや慣れ親しんだ日常の一コマだ。
それを傍から眺める俺。
あれは別世界の人間だ。
そう思って、再び本に目を向けた。
放課後。
俺はいつもと違う道を歩いていた。
これぞ最高の暇つぶし。
“いつもと違う道で帰ってみる”である。
これが結構楽しいんだよな。
……仕方がないだろ。
何とか毎日工夫して、楽しく生きていかなきゃいけないんだから。
だからそんな目で見るな。
「それにしたって、変なところ来ちまったな」
いつの間にか薄暗い道ばかり歩いていた。
それに看板を見る限り、休憩がどうとか、ホテルがどうとか書いてあるし……。
って、ここホテル街じゃねぇか。
俺みたいな女の子とほとんど話さないような奴が来ていい場所じゃないな。
「早くこっから出るか」
そう思い、大通りに向かって歩く。
「ねぇ、どういうこと!!!」
すると曲がった先で聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「なんでここに……」
「それはこっちのセリフだよ! それにその子誰⁉ 何しようとしてたの⁉」
「そ、それは……」
場所的にも、内容的にも修羅場系の話だよな……。
でもどこかで聞いた声なんだよな。
恐る恐る、バレないように声の方を見る。
「……え」
声の主を見て驚く。
いや、だって……。
「説明してよ! “優也”!!!」
今にも泣きそうな顔で言っていたのは、あの井良々だった。
井良々の前には中野と他校の制服を着た女子生徒がいて、重々しい雰囲気がホテル街に流れる。
中野は井良々と付き合っている。
なのにラブホ街で違う女の子と一緒にいるということは……。
井良々の言葉を受けた中野は少し黙った後、ぽつりと呟いた。
「…………ごめん」
「っ!!!!」
謝るということは認めたということ。
つまり中野は井良々という彼女がいながら浮気していたのだ。
そもそも彼女じゃない女の子とくっついてホテル前にいたら、確信犯なのだが。
でも、きっと井良々は言い訳を期待していたに違いない。
そういう表情だった。
「でも違うんだ。違うんだよ明莉」
「え?」
「明莉に魅力がないっていうことじゃないんだ! 明莉は俺にはもったいないくらいに可愛くて、人気者で……ほんと、なんで俺と付き合ってくれてるんだろうって感じでさ」
中野が自嘲気味な笑みを浮かべる。
「明莉のこと、好きだよ。大好きだ。……だけど、愛実ちゃんも俺、好きなんだ」
「まなみ、ちゃん……」
井良々が中野の隣に立つ女の子に目を向ける。
中野が愛実ちゃんと呼んだ子は、これまたとんでもない美少女だった。
髪はボブくらいの長さで、色は茶髪。
目はパッチリとしていて、顔ももちろん整っているが何よりスタイルがグラビアアイドルみたいだった。
全体的にむっちりとしていて、童顔も相まってまさに男が好きそうな感じの……。
「好きな気持ちはどうにもできないだろ? 俺を好きな明莉ならわかるよな?」
「えっと……」
こいつは何を言っているんだ。
「全部をわかってほしいとは思わない。それに俺は……明莉を悲しませた。だから明莉に任せるよ」
「な、なにを……?」
「俺たちのこと、だよ。もう一度言うけど、俺は明莉が好きだ。昔から、ずっと。この気持ちはこれからも揺るがない。……けど、愛実ちゃんも愛したい。好きなんだ」
「っ!!!」
言ってることがさっきからめちゃくちゃだ。
確かに、一度に二人を好きになることはあるだろう。
だが、恋人に内緒で別の子と関係を持つなんて言語道断。
許されるはずがない。
なのにこいつは、あくまでも自分が“上の”立場として話している。
普通責められ、全力で謝らなければいけないこいつが、だ。
「明莉はさ、どうしたい? 俺は明莉のこと、傷つけたくないから……明莉が決めてほしい」
「……………」
井良々が苦しそうに顔を歪める。
少しして、井良々の目から一粒の涙が零れ落ちた。
「……別れよう」
中野が驚いたように目を見開き、悲しそうに俯く。
「…………わかった。残念だけど、明莉がそうしたいなら従うよ」
「っ……!!!」
井良々が涙を溢れさせながら駆け出していく。
そしてあっという間に背中が見えなくなってしまった。
「よかったの? あれ、彼女さんだよね?」
「仕方ないよ。俺じゃ明莉を幸せにできなかったってことだし、明莉が選んだ道を尊重したいからさ」
……なんだよ、お前。
「ふふっ、そっか。中野くんは優しいんだね」
「あははっ、そうかな」
「そんなに悲しまないで? 私が慰めてあげる♡」
「…………うん」
女の子に抱き着かれ、腕を引かれるがままホテルに入っていく中野。
やがて中へと消えていき、傍観者の俺だけが取り残された。
「……なんだよ、それ」
まるで自分が被害者のような、自分が井良々のために身を引いてやったような態度。
鼻につくどころじゃない。
「――とんだ“勘違い野郎”だ」
思わず拳を力強く握りしめていることに気が付く。
何怒ってんだ、俺は。
俺には関係ないことだってのに。
ようやく正規の帰宅ルートに戻り。
ゆっくりと歩きながら、心はモヤモヤしていた。
「俺に何かしてやれたかな」
脳裏をよぎるのは、井良々の悲しそうな表情。
いつも太陽のように眩しい笑顔を浮かべている井良々にはあまりにも見合わない顔で、妙に引っ掛かる。
別に井良々の友達でもないし、接点もないけど。
俺はあの勘違い野郎にとてつもなく苛立っていて。
井良々に同情していた。
いい奴が一方的に悲しい思いをさせられるなんて許せない。
だから俺にできることがあればよかったんだけど……。
「ま、どうせ俺にできることなんて何もないか」
全校生徒に嫌われる俺だ。
話しかけられたところで、迷惑としか思われないだろう。
むしろより悲しませるまである。
この前、迷子の子供に話しかけたら泣かれたしな。
どんだけ悪人面なんだよ、俺。
…………。
「……で、でもまぁ? もし機会があれば井良々に声かけたし? ハンカチくらいは差し出した、よな? ほら、ポケットティッシュもらったらちょっと嬉しいし、そのノリで俺が……って、何言い訳してんだ俺は」
……はぁ。こんなんだからいつまで経ってもぼっちなんだよ。
かまってくれるの、妹くらいしかいないし。
「…………早く帰って寝よ」
心が陰ってきたので、そう決意して公園の横を早歩きで通り過ぎる。
「ぐすん、ぐすん……」
……ん?
立ち止まり、後ろ歩きで戻る。
「うっ、うぅ……」
ブランコに座り、揺らしもせずにぽろぽろと泣いている女の子。
「ひどいよ、こんなの……ぐすん」
気づけば俺の体は動いていて。
無意識のうちに女の子の前まで行くと、そっぽを向きながら言葉を口に出していた。
「だ、大丈夫か?」
それと同時に偶然持っていたポケットティッシュを差し出す。
・・・。
あぁああああああああああ!!!
何やってんだ俺は!!!
さっきあれほど俺が声を掛けたらダメだって考えたのに!
ってかポケットティッシュ出してるし!
そんなんで相殺されるほどこの悪人面も伊達じゃねぇだろ俺!!!
ほんとマジで何して……。
「あ”り”がどう”ぅ……」
俺からポケットティッシュを受け取り、鼻をかむ女の子。
その女の子はまさしく、さきほど勘違い野郎に浮気され、別れたばかりの井良々明莉で。
……あれ? 怖がられてない?
――――あとがき――――
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