第9話 投獄
何とかしてレクスに勝利することができた。
俺は重荷を下ろしたかのように溜息をつく。
危うく破滅するところだったが、どうにかその危険を回避することに成功したようだな。
「ん?」
俺は達成感と同時に、改めて今の状況を冷静に把握する。
この状況、ひょっとして非常に厄介な事態に陥っているのではないか?
俺は物語の序盤から生徒会室に足を運んでいる時点で、ゲームの通常の展開から逸脱していることを理解していた。
していたからこそ、もっと慎重に行動すべきだったと、反省の念が押し寄せてくる。
自分の判断がいかに軽率だったか。
攻略対象としての立場にある俺が、自らの意思で主人公に代わり、他の攻略対象を本気で殴り飛ばすなんて考えられない。
それも一日のうちに二度も、
全くの予想外。
このような行動が物語全体にどのような影響を及ぼすかを考えると、今さらながらゾッとする。
確かにこの世界では、戦いを避けるのは難しいため、一々負傷どうこうで波風を立てるのは大げさなこと。
しかしこれはまた別。
主人公と同等の地位を持つ、重要なメインキャラクターを大きく負傷させることは、物語の進行にかなり影響を与えるだろう。
さらに今回の戦いで大敗を喫したレクスは、優れた貴族という立場から、最悪奴自身が破滅の道を辿る可能性がある。
プライドをへし折られてそのまま退場なんていうのはよくあることだから。
だからなんとしてもここから物語を戻す方法を考え……いや。
主人公がいないままここまで歪んでしまうと、もはや元に戻すのは難しい。
この世界は彼女という中心がいてこそ成り立っていたもの。
主人公ならばここからの逆転もあり得たかもしれない。
しかし俺のような一攻略対象が大きく動いたところで、物語は戻るどころか逆にこじれる。
「ごほっ!?」
倒れていたレクスが激しく咳き込んだ。
その音を聞いてハッと我に返る。
今は未来のことなんて考えている場合ではない。
何としてもレクスの退場だけは防がねば。
奴がいなくなれば、物語の修復はさらに厳しくなるだろう。
主人公ではないので効果は期待できないけど、治療やら説得やらをするしかない。
不安と焦りを抱きながら、俺は急いでレクスの元へ駆け寄る。
しかしその瞬間、奴が現れた。
「おっと」
俺の目の前に立ちふさがったのは、先ほどまで傍観を決め込んでいた生徒会長だった。
まだ最大の脅威が去っていなかったことに気づき、俺の中に緊張が走る。
「何かまだあるのか? 俺はあんたの言う通りに戦って勝利を収めた。それ以上何を求めているんだ?」
表面的には冷静を保っているが、心の中では恐怖心が高まる。
これ以上予想外の事態に巻き込まれるのはごめんだ。
「そうですね、ジュン君は私の要求をしっかりとこなしてくれました。だから特に危害を加えるつもりはありません。もちろん後ろにいるルイーナさんも同じです」
生徒会長は仮面越しに笑みをこぼしながら、俺とその背後にいるルイーナを指差した。
その動作は、奴が敵意を持っていないことを示しているようだ。
しかしこの世界では騙し騙されるのが常。
この発言の裏には、必ずや何かしらの計略が潜んでいるはず。
これをそのまま鵜呑みにすることはできない。
「ですがこちらは別です」
生徒会長は突然、倒れているレクスに向かって魔術を放つ。
俺は目の前で繰り広げられる光景に思考が止まる。
「ガアアアアアア!」
レクスの口から、痛みと絶望が入り混じったような叫び声が響き渡った。
「……」
そして声が途切れると同時に、奴の体から音という音が完全に消え去り動かなくなった。
「一体何を!?」
「始末ですよ。彼は私の要求に応えることができなかった。そんな彼に生きる価値はありません。それに」
生徒会長は高らかに笑い声を上げた。
「悪いことをした者は、その報いを受けて断罪される。これは当然の結果です。それくらいは君も理解しているはずですよね? この世界の運命を何度も外から体験した身ならば」
奴は無情にもレクスに止めを刺した。
これではもうシナリオの軌道修正は不可能だ。
こんな奴の突飛な行動を予想し、止められなかった自分の愚かさを痛感する。
「ああ、別に心配しなくてもいいですよ? ここで君がどう動こうが、彼が生きてようが、この世界の進みは初めから既定からズレていますから。それは君もよくわかっているでしょう?」
生徒会長は、まるで俺の心の内を見透かすかのように、求めている回答を的確に述べた。
悔しいがその通りではある。
初めからルイーナや聖女の件、そしてこのレクスの件は、俺が何か行動を起こす前から既におかしかった。
つまりここで俺が何をしようとも、この歪な展開は避けられないという言葉には信憑性があると。
しかし、そうなるとここで一つだけ理解できないことがある。
「お前のそのいかにもな口ぶり、明らかにおかしいよな? お前は一体」
展開が違うのはもちろんだが、目の前にいるこの人物の存在が最も気になる。
「私は転生者。そしてこの世界を監視する神に近いもの、と言えば合点がいきますかね?」
そういうことか。
未知の展開、ゲームには存在しなかった謎の生徒会長、そして俺というイレギュラーな出自を知っている存在。
これら全ての謎を解明するのに必要だった答えとして納得できる、転生者という解。
まさか俺以外にもこの世界に来ていた人間がいただなんて。
奴からの言葉は、俺の中にあった疑問を一気に解消していった。
「これで私の事はご理解いただけましたか?」
生徒会長は冷ややかな笑みを出しながら、余裕のある足取りでゆっくりとこちらに近づいてきた。
「まあある程度は」
俺は内心の動揺を隠しつつ、冷静さを装って答えた。
「それは良かった。では」
生徒会長が指を鳴らす。
その音は、競技場全体に響き渡るくらいの大きな音だった。
すると次の瞬間、数えきれないほどの人々が競技場に押し寄せてくる。
「これは一体!?」
たちまち、この場は大勢の人々でぎっしりと埋め尽くされた。
「彼らはあなた方を拘束するための人員です」
俺と気を失っているルイーナは瞬く間に囲まれた。
囲んでいる奴らの目は鋭く、こちらを見逃すまいと緊張感を張り巡らせている。
その上、奴らの隙間は完全に封鎖されており、とてもじゃないがここから逃げ出せる雰囲気ではない。
「先ほどの戦いで君の力はよく理解しました。こちらが手加減していたとはいえ、その力は中々のもの。なので君が今このタイミングで自由に振る舞うことは、私の計画にとって大きな妨げになる」
生徒会長は俺の方をゆっくりと見る。
「は? 計画? それは一体」
「今はまだ。ですがすぐに明らかになりますよ。さあ連れて行ってください」
生徒会長が首を振ると、周囲の奴らが俺たちを捕らえようと肩に手をかけてきた。
俺はその拘束を振り払おうとするも、身体が思うように動かない。
おそらく生徒会長がまた何かしらの魔術を使ってきたのだろう。
「ご心配なく。別に危害を加えるつもりはありません。私にはまだその権限がありませんので。ただの時間稼ぎと思っていただければ」
生徒会長は冗談を言っているかのような軽やかな口調で語った。
しかしこちらとしては全く笑う気にはなれない。
「それに、君たちが向こうで聖女と最悪な出会いをするというのは、なかなか興味深い展開だと思いませんか?」
「は? 聖女? 一体何を言っているんだ」
俺はその内容について詳しく聞こうとしたが、空気を読まない周囲の奴らに移動を促されてしまう。
「計画が進行するまでの間、彼女と君たちがどういう交流をするのか、非常に楽しみですね」
生徒会長の言葉には、明らかな悪意が込められていた。
それは冗談ではなく、まさにこれから始まろうとしている恐ろしい計画の幕開けを告げるもの。
「なのでお二人とも、私に最高の不幸と未知の破滅というバッドエンドを見せてくださいね!」
生徒会長は楽しそうに手を振りながら言う。
その姿を前にして何もできない俺は、自分が情けなかった。
「ではさようならジュン君。次に会うのは悪役令嬢が死んだ時にでも」
俺はこの状況をどうすることもできず、競技場から追い出されていった。
剣と魔術が日常の乙女ゲームの攻略対象として転生しました。 ~俺は魔術と剣の才能無し物理ゴリラです。あとなぜか破滅済みのやり直し悪役令嬢もいます。とりあえず破滅しないように頑張ります。~ @and8
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