第8話 戦いの終わり

「ガアアアアアア!」


 異形の怪物と化したレクスは、口から猛烈な炎を吹き出す。

 その炎は奴の恐ろしい外見に反して、まばゆいほどの輝きを放ち、この競技場全体を染め上げるほどの勢い。

 今のレクスの炎は、熱だけで先ほどの魔術を大きく上回り、周囲の空気を歪ませるほどの力を持っていた。


 このまま直撃するのはまずい。

 ずっとこいつの魔術を食らっても平気だったけど、これはさすがにな。


 俺は状況を打開するため、炎を避けながらレクスに攻撃を加えることが最善だと判断。


「っ!」



 俺は地面を力強く蹴り、斜め後方へと大きく飛ぶ。

 こちらに迫りきていた炎は特に軌道を変えることなく、俺のすぐ脇をかすめていった。

 何とか攻撃を避けた俺は、次の行動でレクスに接近しようと地面を踏み込む。


「ガア! ガア! ガア! ガア!」


 その時、レクスが短い掛け声を上げながら大きく腕を振る姿が目に入る。


 あの動きには何かしらの意図があるのだろうか。

 すると突然、俺の前に燃え盛る複数の魔術が現れる。

 それは横長に、それぞれ角度を変えながら、こちらを逃がさんとばかりに迫ってきた。


 これだと先程と同じ手段は使えない。

 ここは無理を承知で突破する。


 俺は前進することを決意し、地面を力強く蹴る。

 そして全速力で駆け抜けながらレクスの攻撃を注視。

 奴の炎の攻撃は、どれも通過する地面を焼き焦がすほどの強烈な熱を持っている。

 これをすべてノーダメージで完全に避けるのは不可能に近い。


 そこで俺が選んだのは、最小限の動きで攻撃をかわしつつ、避けきれない部分に関しては素手で受け止めるという方法だ。


 これは策というにはあまりにも単純で荒削りかもしれないが、今の俺にできるのはこれしかない。


「きたか」


 あっという間に最初の一撃が迫る。

 俺は瞬時に集中力を研ぎ澄ませ、その攻撃をかわした。

 多少熱によるダメージはあったが、この程度なら行ける。


 続く二撃目も、ぎりぎりのタイミングで回避に成功する。

 しかし、三撃目からは攻撃の角度が一段と厳しくなる。


 なので俺は体を可能な限り魔術から遠ざけつつ、どうしても避けられない部分は手でしっかりと防ぐ。


「っ」


 指先が少しでもその魔術に触れると、その驚異的な熱さにより肌が焦げていく。


 今さらだけどこの世界の魔術を侮っていた。

 一度こいつに勝利して、今後は手を抜くことなど考えていた、俺の思考がいかに浅はかなものであったか気づかされるな。


「ガアアアアアア!」


 レクスは俺の動きや考えを一切気にすることなく、怒涛の連撃を繰り出してくる。


「熱いけどこれくらいなら」


 その勢いはどれも凄まじいものであったが、俺はそれらの攻撃が致命傷にならないように、かわし続ける。


 このペースを維持できれば、なんとか持ちこたえられるかもしれない。


 そう自分に言い聞かせ、少し安堵しかけたその時


「……」


 突然、レクスが攻撃の手を休めた。

 そして、大きな口をこちらに向けて開き、歪な音を上げる。


 その様子を見た俺は、これは奴が最初に繰り出してきた強力な魔術を再び発動しようとしていることだと悟る。


「ガアアアアアア!」


 俺の嫌な予感が的中。

 レクスの口元から強烈な炎が噴き出し、まっすぐ俺を目指して襲いかかってきた。

 そしてその炎の熱が肌に触れた瞬間、これは先ほどの攻撃とは比べものにならないほどの脅威であることを感じ取る。


「くそっ……!」


 この距離からの攻撃だと、横にも後ろにも飛び退く余地がない。


 逃げ場を失った俺は、ここは真正面から勝負に出るしかないと決意。


 しかしそのまま突っ込むのは無謀だと考えた。

 そこでレクスの魔術に対抗するために、拳に衝撃波を込めて放つことを選んだ。


「はあ!」


 俺の技が炎に接触すると、レクスの魔術は一瞬ではあるが歪み崩れ始めた。 

 

 今だ!


 俺はこの機を逃すことなく、全力で炎の中へと突っ込んだ。


「うおおおおお!」


 炎の熱が体中を駆け巡り、全身を焼き尽くそうとする。

 その熱さに意識が遠のきそうになるが、ここで倒れるわけにはいかない。 

 拳を固く握りしめ、痛みに耐えながらも心を強く持ち続ける。


 ここに来たのは、可哀想な悪役令嬢ルイーナの破滅を避けるため。

 そして今彼女はその危機に瀕している。

 なのでこの程度の困難で挫折するようでは、ルイーナを救うという夢は永久に叶わない。

 それに一度掲げた目標を放棄するような真似はカッコ悪い。


「ガア!?」


 こちらが耐え抜いていることに驚いたのか、レクスの攻撃が明らかに鈍ってきている。 

 その一瞬の隙を見逃さず、俺は足元の地面を力強く蹴り上げ全力で前方へと駆け出す。


「ガアアアアアア!」


 レクスは俺の接近を阻止しようと、両腕を大きく振りかざしてくる。

 

 自分の攻撃に手を突っ込んで来るなんてなんて大胆な。


 俺は炎の熱と痛みで視界がぼやけているものの、勘で奴の動きを読み取り、瞬時に身を低くすることでそれを回避。


「ガアアアアアア!?」


 レクスの攻撃は空振りに終わる。

 結果、奴の体勢は大きく崩れ、それと共に炎の魔術は中断された。


「ガア!? ガア!? ガアアアア!」


 レクスはもがくように腕を振り回すが、それがこちらに届くことはなかった。


「これで終わりだ」


 俺は拳を大きく引く。

 

 少々予定外のことがあったけどこれで……


 その時、俺の脳内にあったであろう様々な思考が一気に渦巻く。


 主人公不在の序盤で、攻略対象が二度も倒されるという状況は前代未聞。

 本当にこのままで良いのか?

 もしこのまま行動を起こせば、取り返しのつかない事態に陥るぞ?

 今ならまだ撤退が可能、この場で一旦引き返すのが得策だ。

 お前は目立だたず穏やかに過ごすんじゃないのか?

 自分の始めに持っていた意思を、ここで勢い任せにねじ曲げるのはどうなんだ?

 己の行動がどれほどの影響を及ぼすのか、よく考えた方がいい。


 だからここは上手くやり過ごして、ゲーム通りのシナリオで破滅ルートの回避を


『俺の目的は悪役令嬢の破滅を回避することだけだ。それ以外のことを恐れる必要がどこにある。変な理由なんかつけんな』


 俺は心の中の不安を全て断ち切ってしまった。


「決着をつけさせてもらう」


 俺は全身全霊の力を込めて拳を突きだす。

 その一撃はレクスの胸元を捉え、奴の身体に激しくぶつかった。


「ギャガアアアアアア!」


 レクスの悲鳴は絹を裂くように鋭いものであった。

 そしてその身体はぐらりと揺れ動き、最終的に地面へと崩れ落ちた。

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