第7話 強化
「お前を倒して、俺は幸せな結末に辿り着くんだよ!」
レクスがこちらに突進してくる。
模擬戦の時のレクスは、遠距離から魔術を放ち、安全な距離を保ちながら戦うスタイルだった。
しかし、今のレクスはその真逆を行く接近戦を仕掛けている。
「まだだ!」
レクスは火の魔術を体にまとう。
その炎は、魔術を理解できない俺でもわかるくらい、圧倒的な力を放っている。
少しでも油断すれば、すぐにでも炎に飲み込まれ焼き尽くされてしまいそうだ。
俺の中の危機感が全身を巡る。
「はあ!」
レクスの手のひらから、力強い火の弾が放たれる。
一瞬で俺の視界が真っ赤に染まった。
このままだと直撃する。
ここはダメージ覚悟で防御を
しかし火の弾は俺に当たることなく、目の前で大きな爆発を引き起こす。
コントロール不足によって下に落ちたのだろうか?
いや、おそらく
俺の嫌な予感が的中するかのように、爆炎の中から黒い影が現れる。
どうやら先ほどの魔術は、陽動のために放たれたものだったみたいだ。
俺の心臓は激しく鼓動し始める。
「ガアアアアア!!」
炎の中からレクスが勢いよく姿を現す。
奴は狂気的な目で俺を捉えると、周囲の炎を取り込む。
まるで自身の力をさらに増幅させているようだ。
そのままぶつかってこられたら厄介だな。
俺はレクスがこちらに迫ってくるギリギリのタイミングで、奴の突進を巧みにかわす。
そして隙だらけの顎に、迷わず全力でアッパーをぶつける。
レクスの魔術に直接触れる事になってしまったが、俺は攻撃後すぐに手を引っ込めたので、なんとか軽い火傷で済んだ。
「ぶほっ!?」
俺の拳がレクスに激突。
すると奴の体から炎が消失。
それと共に、レクスは驚いたように血を吐きながらよろける。
この反応を見た俺は勝利を確信した。
「これで終わりだ。さっさと……」
その言葉を発した直後、レクスの目に異様な光が宿る。
奴は血を拭いながら、不気味な笑みを浮かべた。
「ヒヒヒヒ……」
レクスの体から勢いよく炎が立ち上がる。
まるで奴の戦闘続行を意味するかのように、魔術がこの場を埋め尽くす。
奴の耐久性が前と比べて著しく向上している。
おそらく何らかの魔術を駆使して、こちらの攻撃を軽減しているに違いない。
であれば、さらに強力な力をぶつける必要があるな。
「おっと、このままではレクス君が負けてしまいますね」
その時、この戦いを端で見ていた生徒会長の声が俺の耳に入ってくる。
「ここで攻略対象が敗北するのはバッドエンドです。だから許された範囲で、少しばかりお手伝いさせてもらいましょう」
生徒会長は意味深に笑うと同時に、指を鳴らす。
これは単なるはったりではなく、何かしらの魔術を発動させてくるように思える。
それに気をつけつつ戦闘を、というのは厳しいな。
俺の戦闘スタイルだと最高の策をじっくり考えたところで、この世界では出来ないに等しい。
ならばここは生徒会長の事など気にせず、攻めていくのがベストだな。
俺はそう決心すると、再びレクスに攻撃を仕掛けるため、奴の背後に素早く駆け寄った。
「ガアアアアア!」
レクスは咆哮を上げると、体をひねらせて俺の方に向く。
しかし奴は体勢を整えるのが手一杯で、攻撃する準備ができていない。
このタイミングなら先手を打つことができるはず。
俺は全身の力を拳に集めながら一撃を放つため、体を低く構えた。
今度こそここで決着をつける。
俺の拳は、レクスの顔面を目指して突き出された。
「?」
しかしその瞬間、俺は奇妙な感覚に襲われた。
俺の腕が止まっている。
心のどこかで分かりやすい勝ちに目が眩んで、力が緩み油断しているのか?
落ち着け俺。
こんな局面で下手に手加減なんかしたら負けてしまうぞ。
俺は無意識の思いを振り切るよう、さらに力を込めて腕を前に押し出そうとする。
「!?」
しかし思うように体は動かない。
全身が重く、何かに縛られているかのように動けなかった。
俺の体に何が起こっているのか理解不能。
俺は必死に体を動かそうとしたが、びくともしない。
「何で止まっているんだよ? そんなんじゃ俺のパンチが」
少し遅れてレクスの拳が迫ってくる。
このまま黙ってやられるわけにはいかないな。
しかし俺の体は未だに、凍りついたかのように動かない。
「当たる、ぜ!」
「っ!」
俺は無抵抗なままレクスの拳を顔面に受けた。
衝撃が体全体を埋め尽くし、視界がぼやける。
「どうした? どうした? 俺は背後にいるぞ!」
レクスの声が背後から聞こえる。
奴は俺の後ろに回り込み、わざわざ大声で自分の位置を知らせてきた。
こちらに対する明らかな挑発だな。
それに乗るというのはあまりにも愚行。
でもそういう賢い思考は取っ払う。
今はその態度にムカついたからそれにあえて乗ってやるよ。
俺はレクスの方に向き合うため、足を動かそうとする。
「その動きを封じさせていただきます」
生徒会長がそう言い放つと、指をパチンと鳴らす。
すると再び俺の体が動かなくなった。
「っ!? っ!」
しかし先ほどとは違い、鈍いながらも少しずつ動ける感覚がある。
「っ! っはあ!」
「ん? これは?」
「ガアアアアア!!」
俺は気合いで体を動かし、レクスのパンチをギリギリでかわす。
「ほぅ……。まさか確率を越えてくるとは。さすがは転生者。この程度の魔術は打ち破りますか」
生徒会長の声が意味深に響く。
それがどういうことなのか問い詰めたいところではあるけど、今はその言葉に気を取られている暇はない。
目の前には、再びレクスの拳が俺の顔面に迫っている。
「次は当てる!」
レクスの拳による勢いが空気を切り裂くことで、その力がこちらに伝わってくる。
迷っている暇はないか。
奴の拳が何度も直撃すれば俺に勝ち目はないしな。
体の神経を研ぎ澄ませ、俺は次の動きに備える。
「ガアアアアア!」
「来い!」
俺はぎこちなく腕を動かし、手を顔の前に持っていく。
これは生徒会長に魔術を使わせないための策みたいなものだ。
雑だけど無鉄砲よりはまし。
「俺のパンチがそれで防げると思ったか!」
レクスは真っ直ぐ、俺の腹部に向かって拳を振り下ろしてきた。
俺はそれに対して何の抵抗もせず受け入れる。
それにより衝撃で俺の体が揺れ、激しい痛みが走る。
「残念だったな! そんな見え透いた罠に引っ掛かるわけがないだろう!」
攻撃が命中したことによる痛みの中、俺は横目で生徒会長の様子を伺った。
「これは勝負ありみたいですね」
奴のあの動作から察するに、俺の敗けを確信したみたいだな。
俺はそれを確認すると、すぐにレクスの腕を掴んだ。
「ほう、まだ意識があるとはな! ならば、このまま押し込んでやるまでだ」
レクスは嘲笑を浮かべて言った。
「やれると思うか? 言っとくが、もう俺の罠にはまってるぜ?」
俺はレクスの腕に視線を落とした。
こちらの反応が面白いのか、奴の力が緩み切っている。
それに加えてこの距離からなら、俺の攻撃が鈍くなっても確実に当たるな。
「負け惜しみか? そんな戯言、聞く価値もない。今すぐに」
「負け惜しみでも何でもなく引っ掛かってるぜ? といっても」
俺は一瞬だけ生徒会長の方を見る。
「お前に仕掛けたとは言ってないけどな!」
俺はレクスの腕を力強く引き込む。
「!?」
レクスの体勢が崩れると同時に、俺は奴に素早く打撃を与えた。
「ガアアアアア!?」
レクスの顔が苦痛で歪み、痛みの声が漏れる。
「なるほど。私の油断を誘い魔術を使わせないために、あえて攻撃を受け入れたというわけですか。しかし」
生徒会長がそういうと、俺の身体が再び鈍くなる。
「もう一度私が魔術を使えば、そのような小細工は無意味です」
俺はその言葉を否定する意味を込めて、生徒会長に向けて腕を伸ばす。
「悪いがそれは効かない。よくわからないが時間が立って慣れたんだよ」
生徒会長の魔術を何とか乗りきると、俺は素早くレクスに狙いを定める。
ここだ。
俺は全身の力を拳に集め、レクスを殴る。
「アアアアアアアア!?」
俺の拳はレクスに直撃。
奴はこちらからの攻撃になす術なく、吹き飛ばされると、そのまま地面に叩きつけられた。
「ふぅ、これで決着がついたな」
俺は動けなくなったレクスを見下ろす。
奴が立ち上がるには、しばらく時間がかかるだろうな。
「なるほど、ここまで追い詰められるとは」
生徒会長は冷静な声で、感心したように拍手をし始めた。
「これで分かっただろう? これ以上戦う必要はない。だからルイーナを早く解放してくれ」
俺は生徒会長の方に体を向け、指をさす。
「ふっ」
生徒会長はやれやれと言った感じで肩をすくめる。
「気が早いですよ? こんな戦いだけでは小手調べにもならない。今のは練習みたいなものです。というわけで第二回戦を始めましょうか?」
生徒会長は笑い声をあげると、指を鳴らす。
「なんだよ? 今度はお前がやるのか?」
俺は生徒会長をじっと見つめる。
正直なところ奴と戦うのは避けたいところだ。
生徒会長の魔術は未知数で、ここで奴と対峙するのは無謀。
あくまで推測に過ぎないが、奴はレクスとは比べものにならないほどの力を秘めている可能性がありそうだしな。
「いえいえ。私はまだそのような許可はいただいていませんから。だからあなたと戦うのは」
「ガアアアアア!!」
俺は突然の咆哮に振り返る。
そこには徐々に獣のような怪物に変貌していったレクスがいた。
「!?」
この世界には魔物という怪物が存在するため、いきなり出てきてもあまり驚きはない。
俺がここで驚いているのは、人間がそのような存在になったということだ。
そのような現象はゲームで見たことがない。
「では二回戦を初めてもらいましょうか? そうそう。ここから先は私の魔術は通用しないみたいですので、後はお二人で戦いをどうぞ」
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