第6話 再戦

 放課後。

 俺は授業が終わるとすぐに、生徒会室の前へと足を運んだ。


 俺、というか攻略対象がここに来るのは、ゲームの展開だともっと後のはず。

 その時の状況は、親密になった攻略対象のキャラクターと主人公が、ルイーナを断罪するために集まっていた。


 ここの簡単な内容は、主人公たちがルイーナに追い詰められるものの、途中で彼女のあることないことを暴露して逆転するというもの。


 結果主人公たちは、その勝利の後に互いの愛を誓いあってハッピーエンド。

 一方のルイーナは敗北に涙を流し断罪を受け入れ、ルートによって様々な破滅を、という結末になる。


 この場面における、ルイーナの悲劇的な結末は見ていて非常に苦しくなるので、俺はいつもその部分を読み飛ばしていた。

 エンディングがまともに見れないのに、俺なんでこんなゲームやってるんだろうなと常々思う。


 確かにルイーナが悪役令嬢として行った数々の悪行は、非難されて当然のもので、彼女が裁かれることに異論はない。

 しかし主人公側の行った暴露に関しては一切触れずに、ルイーナの未来だけを閉ざしてしまうのは、やり過ぎ。


 罪の清算を通り越して、吐き気しか沸き上がってこない。


 だからこの場所は、俺にとってトラウマな場所である。

 正直なところ、好き好んでこの場所に足を運びたいなどとは全く思ってない。

 それにもかかわらず、こんな早い段階でここを訪れることになるとは。


 予測不可能な展開を見せる乙女ゲームの世界、恐るべし。


 バタバタバタバタ


 俺が少しの間思索にふけっていると、突然廊下が慌ただしい足音で満たされ始めた。


 何かが起こっているのだろうか。

 しかし、残念ながら今はそれに介入が出来ない。

 とりあえず、この場だけで起こっている出来事を把握することにしよう。


 俺はその足音の方に耳を傾けた。


「おい! あいつを抑えるのにこれで何人貴族が死んだ!?」

「冗談じゃないぞ! あいつの性格は大人しい者と聞いていたのに話が違う!」

「投獄中なのにあの強さは異常だろ!?」

「最初は全属性魔術を使う従順な奴だと思っていたのにこれか! あーくそ! なんであんなやつが聖女に……」


 またゲームとは違う話が展開されているようだ。 

 話を聞いている限り、どうやらかなりの緊急事態らしいが、俺には関係のない話。 

 今はそんなことに首を突っ込まないで、目の前の出来事に集中しよう。


「コンコン」


 俺は生徒会室のドアをノックしてみた。


 ……。


 無音。

 部屋の中から、声か何かがあるのかもと耳を澄ませたが、室内からは何の音も聞こえてこない。


 試しにドアノブを回してみたが、鍵がかかっているらしく全く動かなかった。


 授業が終わった直後のタイミングであるため、俺が生徒会長よりも早めに来てしまったのかもしれない。


 呼び出しておいていないのかと怒りたいところだけど、それはやめておこう。

 無駄に苛立つのは、俺自身のイメージを損なうだけ。

 こうした不必要な行動が原因で、ルイーナがピンチの時動けなくなるのはまずいし。


 よってここは少しの間待機することにしよう。

 ここに来てから、ずっと訳のわからない展開に振り回されてきたので、一度小休止するのも悪くない。


 バン!


「……?」


 生徒会室から奇妙な物音が聞こえてきた。


 あれ、鍵がかかっているはずなのに中から音が聞こえてくるな。

 こういう時、ドアノブを回すと不自然に鍵が開いているとかありそうだけど、そう都合よくそんなことが起こるはずがない。


 だって先ほど、自分でドアが開かないことを確認したのだから。


「……」


 しかし、もしもこの部屋で何か悪い事件が発生しているのだとしたらどうだろうか。

 いやそんなのは俺の妄想だし、仮にそうだとしてこちらから扉にアクションをしたところで、どうにもならないことはわかっている。


「試すくらいなら」


 自分に言い聞かせるように、俺はもう一度扉を確かめる。

 慎重にドアノブに手をかけ、再びそれを回してみた。


 まさか本当にドアが開くわけ


 すると扉は不気味な音を立てながら、ゆっくりと開いていった。


「どうして扉が開いて……」


 これは誰が考えても異常な事態だ。

 つい先ほどまで開かなかったはずの扉が、突然開き始めるなんて。


 といっても、この世界には魔術という力が存在するため、こうした現象が起こることは当たり前なのかもしれない。

 あるいは、内部から誰かが鍵を開けたと考えることもできる。


 と、ここで簡単な推理を巡らせるのは終わりにして


「中を確認しないとダメだよな」


 先ほどの謎の物音が頭から離れず、何が起こっているのか確認せずにはいられない。

 気は進まないが好奇心が勝ってしまう。 

 これがいわゆる、怖いもの見たさというやつか。


 俺は見えない力に引き寄せられるように、生徒会室に足を踏み入れた。


「……え?」


 目の前に広がっていたのは、ゲームで見慣れた生徒会室、ではなくレクスと模擬戦を行った競技場だった。


 部屋に入った瞬間に、場所を移動する転移魔術でも発動したのだろうか。

 突然景色が変わった理由はそれで納得できるが、一体誰が何のために。


「やあやあ。お待たせして申し訳ございません」


 手を叩く音が聞こえたので振り返る。

 そこには生徒会長、そしてその隣には壁際に拘束されたルイーナがいた。


「……」


 ルイーナは、目をつむった状態で苦しそうな表情を浮かべていた。


 何やらとんでもないイベントが起こりそうだな。


「これは一体何の冗談だ?」


 俺はこれが生徒会長によるドッキリかなにかであると思い、探りを入れてみた。


「冗談?」


 生徒会長は不気味な笑い声を響かせながら答えた。


「日本からこの世界に転生してきた、あなたの存在こそが冗談でしょう?」


 耳を疑うような言葉が生徒会長の口から飛び出した。

 ゲームのキャラクターが、なぜこちらの現実世界の事を知っているのか。


「なぜそれを知っている?」

「ん? まあ、今は置いておきましょう。それよりも、あなたにはぜひやっていただきたいことがあるんです」


 生徒会長はそう言いながら、指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、競技場の中央に何かが現れる。


「……」


 そこに立っていたのは、俺と戦い敗北した攻略対象のルクスだった。

 奴はどこか歪んだ目線をこちらに向けている。


「おいどうしたんだ?」


 俺はルクスに問いかけたが、奴は何も言わず、ただ静かにこちらを見つめているだけだった。


「彼は君を試すための対戦相手ですよ。ここで君の力が私の計画にとって脅威となるかどうかのね」


 生徒会長が冷淡に告げる。

 その言葉に俺は思わず息を呑んだ。


「彼には君を倒すための新たな力を与えています。さあ、早く君の力を見せてください」


 生徒会長が指を鳴らすと、ルクスの視線が鋭くなる。


「いきなりどう」

「おっと、理由は聞かないでくださいね? 聞いたところで、こちらの考えを理解するのは難しいでしょうしね」


 こちらには事情を知る権利はなく、ただ黙って戦えと。

 まさか、突然呼び出されこんな意味不明なことに巻き込まれるとはな。


 もちろん、こんなイベントはゲームの中には存在しない。

 それに一度敵対した攻略対象が再び挑んでくるなんて、通常では考えられないことだ。

 このゲームのキャラクターたちは、一度敗北を認めたら、それを潔く受け入れるだけの性格を備えているから。


 とはいえ、それは主人公視点でプレイしていた時の話だ。

 ここまでの急展開から、攻略対象である俺にはそのルールが適用されないと思ったほうがよい。


「ちなみに、ここで逃亡や拒絶なんてすることはやめてくださいね? その選択がどんな結果を招くか、容易に想像がつくでしょう?」


 生徒会長はルイーナの首元を指し示した。


 この場面で戦わないという選択を取った場合、後味の悪い最悪のバッドエンドが待っていると。

 そんなわかりやすい脅しをされては、こちらは従う以外に道がない。


「……わかった。なぜあんたが俺のことを知っているのか、まったく見当がつかないが、ここは従う」

「話が早くて助かります」


 その言葉と同時に、生徒会長がパチンと指を鳴らす。


 するとレクスがこちらに向かって突進してきた。

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