第5話 謎の人物
「勝者! ジュン!」
「「「わあああああ!!」」」
教師から勝敗を告げられると、この戦いを見ていた生徒たちから盛大な歓声が上がる。
「ジュンすごい!」
「まさかあのレクスを魔術なしで仕留めるなんて!」
「しかもみたか? レクスの魔術を食らってもピンピンしているぞ?」
「そんなあいつが魔術を使ったら、一体どうなっちゃうんだよ」
周囲から次々と持ち上げの声が上がる。
そんな中俺は居心地の悪さを感じていた。
初日からこんなに注目を浴びるつもりはなかった。
正直なところ、この戦いは負けるだろうと考えていたから、なるべく怪我をしないように適当に立ち回ろうと計画していた。
しかし結果はこれ。
まさかこのような結末になるとは。
途中で計画を見失い、勢いに任せて戦ったのが失敗だったな。
こんな状況になってしまった原因は、自分の力を見誤っていたことにある。
俺はこの世界の厳しさをゲームで体感したせいで、自分自身を過剰に低く見てしまったのだ。
とはいえ、何とかこの局面を乗り切ることができたので、ここについての反省はこれ以上する必要はないだろう。
問題はこれからの事。
今回この模擬戦で、レクスが敗北するというゲーム通りの結果になった。
この点においては問題ない。
しかし、それを下したのが俺であるというのは非常に厄介。
これでは単にシナリオが崩壊しているだけでなく、俺が主人公の代わりを演じているかのような状況になってしまっている。
このままではルイーナの破滅を防ぐ以前に、誰か他の人を破滅に追いやってしまう可能性がある。
それは周りに恨まれるリスクを考えたら何としても回避したい。
したがって、今後はこのような目立つことはしないように心がけるべきだな。
今回不本意とはいえ、俺の強さがここで示されたことで、他者がむやみやたらとこちらに勝負を挑んでくることはないはず。
授業で戦うという強制に関しては、俺が手抜きを提案すれば、向こうもそれに従うだろう。
それでも、もし同じような状況が再び訪れることがあれば、気は進まないけど多少手加減することにしよう。
「何よあの決着は……」
皆が盛り上がっている最中、すみにいたルイーナがぶつぶつと呟いている。
「今までだったら、この後すぐにレクスと聖女が仲良くなってすぐに、私に冷たい態度を取る展開のはず。なのにそれが行われないなんて。こんなのあり得ないわよ」
「……」
今ルイーナが話した内容は元々この乙女ゲームの本来の展開。
しかし、それはまだ起こっていない出来事であり、知っているのは前世でプレイヤーだった俺だけ。
にもかかわらず、まるでその出来事を体験したかのようにルイーナがそう発言したのは不自然である。
もし俺がうっかりその出来事について、口を滑らせていたなら納得がいくが、そのような覚えは全くない。
こうなると考えられる結論は一つ。
何らかの理由でルイーナも俺と同様、これから起こり得る展開を知っていると。
これは突拍子もない単なる妄想。
しかし、授業前にルイーナの口から出たやり直しというワード。
これがもし本当であるならば、あり得ない話ではない。
どうやらルイーナから詳細を聞く必要がありそうだな。
ならばこの後、いや何か嫌な予感がするので、他に誰もいない放課後に話をしてみることにしよう。
◇
しばらく後
「さて、というわけで今回の模擬戦はこれで終わり」
「いや? まだですよ?」
教師が授業の終了を告げようとした瞬間、突然仮面をつけた謎の人物が現れた。
その姿は一目で異質とわかるもので、明らかに何か危険な雰囲気を漂わせている。
「「誰? こんな人いたっけ?」」
俺とルイーナの声がぴったりと重なった。
他の生徒たちがただ呆然とする中、ルイーナは俺と同じく、この人物の登場に驚いていた。
こんな人物が登場する展開はゲームには存在しなかったはず。
まさか俺が主人公の代わりに戦い、勝利を収めたことで、シナリオが変化してしまったのか?
「おお! これは生徒会長! 新入生の授業の見回りか?」
「ええ。この時期はトラブルが多いので、こうして私が見回りに駆り出されているのです」
生徒会長と呼ばれた存在は、教師と軽い雑談を交わしている。
生徒会長が新入生と関わるのは、もっと後の段階のはずなんだけど。
「こんな人、知らないわよ……?」
ルイーナは困惑した様子で声を漏らしている。
俺もルイーナと同じ意見。
なぜなら、この生徒会長を名乗る人物は、ゲーム内のそれとはまったく異なる存在だからだ。
この世界のシナリオは一体どこへ向かおうとしているのだろうか。
俺の持っているゲームの知識からどんどん逸脱していくため、今後の展開をまったく予想できない。
「……」
仮面をつけているため確実とはいえないが、生徒会長はどうやらこちらを見ているような気がする。
「……どうやらジュンの転移に成功したようですね。それに加えて、ルイーナも本来の性格に戻っている、と」
生徒会長は顎に手を当て、俺とルイーナを交互にじっくりと見やっている。
その態度に対し俺は警戒心を強める。
「ふっ」
生徒会長は小さな笑い声を漏らしながら、俺に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。
ここから未知の戦闘が始まるなんてことはないだろうな。
さっきの戦いで精神的に疲弊しているから、戦う準備なんてできていないぞ。
「先生、ジュン君とルイーナさんにお話しがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? ああ構わないぞ。それでは他の者たちは私と一緒にここで解散だ」
先生は俺とルイーナを残して、他の生徒たちと共にこの場を後にした。
こんなに怪しげな人物を前にして、俺たちだけを置き去りにするなんて、あの先生は一体何を考えているのだろうか。
何も考えてないんだろうな。
だってこの授業の危険性を全く理解できていないんだし。
「皆さん行きましたね。では本題に入りましょう。私がここに来たのは、ジュン君とルイーナさんを放課後、生徒会室に招待するためです」
生徒会長から突然の誘いを受けてしまった。
そんな唐突といいたいけど、ゲームだと主人公が戦いの後、好感度の上昇からレクスにお誘いをされていたな。
ルイーナという婚約者の前で行う、とんでもない出来事だったからよく覚えている。
だから今回、その戦いを行った俺がこの役割を担うことになるのは、ある意味自然な流れなのかもしれない。
ある一つの疑問を除いて。
「何で戦ってもいない私が」
ルイーナは目を少し泳がせる。
ルイーナのその疑問には俺も同意。
こいつがこのタイミングで呼び出されるのは、不自然だ。
別にルイーナを軽んじるつもりはないが、これまでこいつが特に目立つ行動をというのがないから。
せいぜい、俺と一緒に教室で怪しげな会話を交わしていただけ。
なので俺とルイーナが共に招待されるのは理解できない。
まあその教室の事に関して、他の生徒から注意があったからお叱りを、ということならばわからなくもないけど。
「ではお伝えしましたので、今日の放課後にまた」
生徒会長はそう言い残すと、あっという間にこの場から去ってしまった。
こちらが返事をする間もなく、どこかにいくのは卑怯だろ。
「なんだか変な人だったな」
俺はルイーナに話しかけようと、彼女のいる方向に顔を向けた。
……。
が、そこにルイーナはいなかった。
「え? あっ」
気がつくと、ルイーナが足早にここから去っていく姿が見えた。
もうあんな離れたところにいるなんて。
どうやら少し考え事をしているうちに、動いていたようだな。
困ったな。
生徒会長からの誘いがどれだけ長引くかもわからないから、今のうちに少し話をしようと思っていたのに。
「おーい! 何をしている! 早く着替えないと次の授業に遅れるぞ!」
俺が競技場から出ないことを心配したのか、教師がこちらに大声で呼びかけてきた。
「……考えても仕方がないか。今はとにかく、目の前のやるべきことに集中しないとな」
俺は自分の頬を軽く叩いて気合を入れると、次の授業に向けてダッシュでその場を後にした。
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