第4話 物理の勝利

 まさか俺が、主人公の代わりに戦うことになるとは思わなかった。

 戦闘開始の合図を待っている最中、俺は対戦相手のレクスを見つめる。


 レクスはゲームの攻略対象であり、主人公が序盤に戦うキャラクターだ。

 初めての戦いだから弱い、なんていう理屈はここでは通用しない。

 レクスはゲーム内で非常に優れた存在であり、主人公が奴を簡単に打ち負かせたのは、全属性魔術を持っていたからにすぎない。


 なのでここでは、全属性の魔術を駆使する主人公が、最強のレクスを打ち倒すという熱いストーリーが展開されるはずだった。

 しかし今それが実現することはない。

 なぜなら俺自身、魔術も剣も扱えないただの一般人だからだ。


 だからこれから始まるのは全く真逆の展開。

 どうやってこの状況を乗り越えればいいのか、全く見当がつかない。


 もしこれが本来のジュンだったなら、話は全く異なっていただろう。

 この世界の模擬戦くらいであれば、難なく勝ち抜ける魔術を持ってるし。

 しかし、今のジュンの中身は日本から来た俺。

 魔術を使う才能など持ち合わせてはいないのだ。


 それでも俺はそこで悲嘆にくれ、努力を怠っていたわけではない。

 才能がないとしても、いつか力に目覚めるかもしれないと信じ、幼い頃からできる限りの努力を重ねてきた。

 その結果として身につけたのは、物理の技術。

 これは、努力の結晶として素晴らしいものであり、俺のいた元の世界だったら多少は誇らしく思えただろう。


 しかし、ここは魔術という理解不能な力が飛び交う異世界である。

 物理の技術をいくら身につけたところで、この世界で生き抜くのは容易ではない。

 だからこそ今ここでレクスと戦うことは、時間の無駄と言える。

 もっとしっかりと訓練を積み魔術を習得するか、それに対抗できる術を身につけなければ勝負にならないのだ。


 こうした事情があるので、今回は模擬戦を避ける方向で進めたい。


 先ほどこの世界の厳しさを、頭で確認したばかりで情けないけど、初日の戦いを一度しないくらいなら問題はないだろう。

 というか、主人公不在というイレギュラーがまかり通るならこれも許容範囲にしてほしい。


「あ、先生。俺魔術も剣も」

「はいはい、時間がないから話しは後!」


 教師に話を遮られてしまった。

 俺の戦闘スタイルが、魔術と最悪の相性であるから棄権したいと伝えたかったが、聞き入れてもらえなかった。


 本当にこのまま戦わなくてはならないのか?

 負けるならまだしも、命を落とすなんてことになったら洒落にならないぞ。 

 大袈裟と見せかけて、その辺りが日常の世界だから本当に嫌になる。

 と、不満を募らせるだけでは何の解決にもならないか。

 何か策を考えないと。


「ジュン」


 目の前で構えを取っている、レクスが優しい声でこちらに話しかけてきた。


 この雰囲気から察するに、ほどほどに戦って終わりにしようという提案をしてくれるのかもしれない。


 レクスはここで主人公に心を寄せる、性格があれなキャラクターだが、比較的まともな考えを持っている。

 戦いとは言え初日の模擬戦から、全力で相手を叩き潰そうなどという発想には至らないはずだ。


「君のことは噂で聞いているよ。どんな戦いでも魔術を使わず、相手を圧倒する凄腕の人物だとか」


 え、ちょっと待ってほしい。

 それは一体誰と勘違いしてるんだ? 

 俺は魔術を使わないんじゃなくて、そもそも使えないんだぞ。


 圧倒の件もよくわからない。

 確かに、これまでにここ以外での模擬戦という名の軽い勝負を何度も経験し、勝利を収めてきたことはある。

 時にはこの世界で生き残るため、相手に魔術の使用を求めたこともあった。

 とはいえ、それは遊びでの範疇のこと。

 

 だからその輝かしい勝利は、単に相手がこちらに手心を加えてくれていたから勝てただけ。

 多分。


 もし対戦相手が本気の魔術を使ってきたら、ひとたまりもない。

 はずだ。


 まさか、俺のように物理しか取り柄のない奴に全力を出す人なんているわけがない。

 と思う。


 その辺りのことを相手から聞いたことはないけど、その認識で間違いない。

 んだよな?


 もう何が何だかよくわからないから、とりあえず適当に話を合わせるしかないか。


「そうだな」


 俺は軽く頷いた。

  

「だからこの戦いは軽めに、そして皆に気づかれないように穏便に終わらせたい」

「それが良いと思う」

 

 どうやらレクスの性格はゲームと同じく優しいようだ。

 これなら今回は特に怪我とかの心配はしなくてもよさそうだ。


「と思っていたんだけどな?」


 次の瞬間、レクスの態度が急変。

 奴は突然、数多くの魔法陣を展開し始めた。


 魔方陣は魔術を出すための入り口のようなものだったな。

 いやしかし、これは軽めにしてはちょっと多すぎるのでは?


「お前は悪役令嬢の破滅を邪魔する存在。俺は聖女と結ばれる運命にある存在だ。だからこの戦いに勝利して、ルイーナとの婚約をここで破棄する。手加減なんてしない」


 レクスの言葉に頭が追いつかなくなってきた。

 

「何でここで」

「なぜここで婚約破棄なの!? 今までは数日後の朝にしていたじゃない! どうなっているのよ今回のやり直しは!?」


 傍観していた、ルイーナが俺の気持ちを代弁してくれた。


 というのはかなりおかしい。

 何でこいつが未来のことに言及できるのか。

 俺の知らないところで、ルイーナ本人に婚約破棄される予感があるというならわかる。 


 しかし数日後の朝にそれをされる、なんてピンポイントに言い当ててくるのは……考えるのは後だな。


 目の前のレクスの殺気が強すぎてそれどころではない。

 とりあえず今はこいつの相手からだな。


「お前たちの人生はここまでだ!」


 レクスがそう叫ぶと同時に、俺の体に火の魔術が直撃した。


「ふはははは! こんなにも脆いものか! これで俺の人生の邪魔者はいなくなった! あとは聖女との結婚を」


 レクスが勝ち誇ったように言葉を続ける中、俺は無我夢中で奴に向かって突進した。


 驚くべきことにその魔術を受けたのにも関わらず、それほど痛みを感じなかった。 

 これまで体を鍛えてきたおかげで、知らぬ間に耐性がついたのかもしれない。


「貴様!? あの攻撃を受けて何ともないだと!?」


 レクスから驚きの声が聞こえたが、今はその言葉に構う余裕はない。

 心の中にあるモヤモヤした感情を、奴にぶつけたいという気持ちが勝っていたからだ。


「いいからこれを食ら、え!」


 その言葉と共に俺は拳を握ると、レクスに攻撃を仕掛けた。


「ぼがっ!? その程度ではっ!?」


 俺から攻撃を受けたレクスは、その場に勢いよく倒れ込んだ。


「はあ……はあ……はあ……」


 俺は肩で息をしながら、荒い呼吸を整える。


 いきなりあんな攻撃を仕掛けてくるなんて、本当に心臓に悪い。

 しかも、戦闘前に甘い言葉で惑わそうとするなんて最低にも程がある。

 とはいえこれがこの世界の日常。

 だからこそ、この世界の戦闘では一瞬たりとも気を抜くことはできない。

 それを予め知っていたのにも関わらず、俺は愚かにも油断してしまった。


 勝利したとはいえどうにも後味が悪い。

 このようなことが続けば、破滅がどうこう言う前に人間不信になってしまいそうだ。

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