第3話 主人公不在

「これから技能の授業を始めるぞ」


 あの後、俺はこの授業に参加するため学院の競技場に足を運んだ。


 技能の授業。

 それはこの学院、いやこの世界において最も重要視されているものだ。

 ここでは剣術や魔術といった、この乙女ゲームの世界では欠かせない技能を磨く授業が行われる。


 乙女ゲームだからその辺は優雅で優しい、なんてそんな甘く優しいものではない。

 この世界の住人たちがどう感じているかはわからないが、俺から見ればかなり過酷なものである。


 正直なところ、こういった荒々しいことは避けたい。

 こんな事に参加するなどリスクでしかないから。

 しかし、この世界のルールの関係で避けることはほぼ不可能。

 仮に避けられたとしても、ルール違反者に科せられる罰によって、待ち受ける未来は非常に厳しいものとなるだろう。


 そのような罰は、一応参加する意思のある俺には関係ないけど。


「今日は初日だから、皆緊張しているかもしれないけど心配しないで欲しい。この授業には危険は全くないから」


 技能担当の教師は、優しい笑顔を浮かべながら俺たちに語りかけた。


 危険はないと言われても、正直信じることはできない。

 何故なら、この授業が生易しいものではないことを俺はよく知っている。

 ゲームプレイにおいてこの授業で、怪我をして退学してしまう生徒が、たくさんいた事実を目の当たりにしたからだ。

 

 さらに言ってしまうと、この教師自身、この授業によるケガが原因で学院を去る運命にある。

 あのシーンの乾いた笑いでここを去っていく教師の姿は、見ていて胸が苦しくなる。


「ルール通りにやれば心配いらないからな!」


 といっているが、この世界のこれに関するルールはあまりにもずさんで無いに等しい。

 命を落とすなんて事があっても、そうとう酷いものでない限り黙認されるという始末だ。


 そのせいか周りは一部の余裕のある強者を除いて、誰も他者を助けようとしない。


 要はこの授業、ほぼ強制参加の死の綱渡りということだ。

 

 なので俺はこれについて、心に留めるべき点をまとめた。


 戦いは基本的に避けることができない。

 笑顔でいられるのは最初だけ。

 助けはないものと思って戦いに望むべし。

 向こうは容赦という言葉を知らない。

 戦いの勝敗次第で人生が大きく変わるし、最悪命を落とすほど過酷なもの。

 気を抜いてよい瞬間など一度たりともない。


 こんなところだろうな。

 それを守れるかどうかは微妙なところだけど、事前情報がないよりはましだ。

 

「それでは今日は初日ということで、指名した二名に模擬戦を行ってもらい、他の皆は見学という形を取る」


 とりあえず、ここでの心構えを確認しつつ様子を見守っていたが、今のところはゲームの通りに進んでいるな。

 それでこの後、聖女である主人公がチュートリアルとしてここで、自分の魔術を駆使して戦う展開になるはず。 


 簡単に内容を振り返ると、主人公は力はあるものの、戦闘経験はないに等しいため、周りから馬鹿にされるという感じで始まっていく。


 といっても、主人公は全属性魔術を操るチート能力を持っているため、緊張感は皆無。

 

 しかし油断してはならない。

 楽勝だと思って選択肢を間違えると、相手に隙を突かれ敗北、ゲームオーバーになることもある。


 だからいつもプレイヤーとして、常に気合いを入れているところだが、今回は見ているだけのため特に気にする必要はない。


「ではまずはレクス」

「はい!」


 一人の男子生徒が、名前を呼ばれると、教師の元へときびきびと歩いていった。


 名前を呼ばれたのは、レクスという名の貴族の青年。

 彼は学問も技能も優秀であり、ルイーナの婚約者。 

 ルイーナと非常に仲が良く、学院を卒業したら、彼女と結婚をすると大々的に周りに宣言するくらい真面目な人物だ。


 が、この戦いの後レクスの心が一転。

 ルイーナとの今までの関係性をぶち壊すかのごとく、主人公に惹かれていく展開になる。 

 そして数日後、彼女との婚約を破棄し対立するという強行手段をとってしまう。


 つまり、ここでは主人公の美しい成功が築かれると共に、ルイーナの破滅への第一歩が描かれる場面なのだ。


「「「キャー」」」


 俺がレクスについて考えている間、彼の姿を見た生徒たちは、男女問わず熱狂的な声援を送っていた。


 これもゲームの展開通りだな。

 そしてこの後、ルイーナがレクスとの昔からの惚気話を始め、それを周囲が羨ましそうに聞く場面になる。


 この後彼女のその惚気話が、すべて無になることを知らずに自慢する様子は、プレイヤーとして見ていて切なく……あれ?


「……」


 俺の予想に反して、ルイーナは無言でレクスを見つめている。


 おかしい。

 いつもならここで彼女の馬鹿笑いが響くはず。

 それが今、彼女は物音一つ立てず静かにしているなんて。

 なんかさっきからゲームのルイーナとは全く異なる性格だから、調子が狂ってしまうな。


 まあ気にしても仕方がないか。

 現時点ではこれくらいしか展開の変化はないようだし。

 ならばここはルイーナ同様、静かにこの戦いを見守ることにしよう。


「次にジュン!」

「はい! ん?」

「え? どうして? ここは聖女が戦う場面のはずよね?」


 教師がこちらに手のひらを差し出してきたので、俺は思わず返事をしてしまった。


 これはゲームの展開とは完全に異なる。

 通常であれば、この場面では学院側が聖女である主人公の力を示し、生徒たちのやる気を引き出すという意図があったはず。

 なので俺のような存在を指名するのは、どう考えても不自然だ。


「あ、あの先生? これは何かの間違いではないでしょうか? ここは全属性魔術を操る聖女さんが手本となって、皆の士気を高めるのがよろしいかと」


 俺は自身の持つ知識をもとに、これは何かの誤りではないかと教師に問いただした。


「どうしてお前が聖女のことを知っているんだ? まあ、貴族だからそのあたりの情報を知っていても不思議ではないか」


 ごめんなさい。

 それを知っているのは貴族だからではなく、単にゲームをやりすぎた結果得た知識なんです。

 基本この世界で主人公たちとの交流を避けてきた俺には、そういう情報は入ってこないんです。


「彼女は今は投獄、コホン! 体調が優れないのでな。少しの間学院にはこれないから、今回の模擬戦には選ばれなかった。だから変わりにお前が選ばれたんだ」

「なにその話? そんなの今までの話と違うじゃない」

   

 理由はわからないが、ルイーナが俺の気持ちを代弁してくれた。


 ルイーナの反応がおかしいのは気のせいか?

 ……とりあえずその疑問は置いておくことにしよう。

 確かに、これまでゲームの主人公である聖女の姿を一度も見ていない。


 なんとなく足りないものがあると違和感はあった。 

 こういうのは一番に気づくべきなのだが、朝の騒動により俺は主人公の存在を忘れていたのだ。

 まさか序盤から主人公が不在というのは予想外。

 そうなると、変わりにこの世界のイレギュラーである俺が指名されるというのは必然なんだろう。

 多分。


「だからさっさと構えろ! どんな事情があろうとここに来た以上、怠けることは許されないぞ」


 先生がそう厳しく言ってきたため、俺はしぶしぶ構えることにした。


 なんか今の俺、破滅の危機とやらに直面してないか?

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