第2話 悪役令嬢がおかしい

 授業が始まる前の休み時間。

 あの不可解な騒動を乗り越えた俺は、少しの間だけ物思いにふけっていた。

 頭に浮かんでいたのはルイーナについて。


 彼女がどうして、俺の返事にあそこまで反応したのだろうかと考え込んでいたのだ。


 面識はこれが初めてだし、特に彼女を怒らせるようなことをした記憶はない。

 強いて言えば、誤魔化し気味に笑ったのが少し微妙だったかもしれないが、それだけで怒るのは器が小さいと言わざるを得ない。


 悪役令嬢として破滅してしまうのだから、そういった感情をうまくコントロールできないと、俺の小さいフォローが意味を成さなくなる。


「ねえ?」


 ルイーナのことを考えていると、いつの間にか彼女が隣に座っていた。


「ど、どうした?」

「あなた一体どういうつもりなの?」


 ルイーナの表情は不機嫌そうだ。

 彼女の目は細まり、口元はわずかに尖っている。

 どうやら、先ほどの自己紹介のことをまだ引きずっているらしいな。


「あなたのその前とは違う雰囲気は何なの? いつもなら、もっと不気味なオーラを放っているはずでしょう?」


 ルイーナは真剣な眼差しを向けてきた。


 彼女の言うことが全く理解できないし、初対面の相手にそれはどうかと。

 まあ悪役令嬢だから、多少思考がぶっとんでいてもおかしくないか。

 なので、ここはルイーナの気持ちになってかんがえてみよう。


 話から察するに彼女は、俺がおかしいと言いたいらしいな。


 確かに、俺は本来のジュンとは中身が異なる存在だから、彼女の考えは間違っていない。

 しかし、何度も己の記憶を辿ってみたが俺と彼女は初対面。

 そんなことを言われても訂正のしようがない。

 それに、証拠もないのにそんなことを直接指摘してくるのは少々怖い。

 後何というか、彼女の雰囲気が俺の知っているルイーナと違う気がする。

 上手くは言い表せないけど、ゲームの中で見せた強気な性格が少し和らいでいるような感じ。


「話聞いてる?」


 もしかして、俺がジュンとしての役割を果たそうとしていないから、彼女の性格が変わってきているのかもしれない。

 そう考えると、彼女の発言が多少おかしくなるのも無理はないか。

 だったらここは冷静に、落ち着いて対処するしかないな。


「そう言われても。お前とは話したことのない初対面の間柄だし。まさかお前がどこかで俺を一方的に見かけた時とかの話しか? それを言われても困るぞ?」 

「はあ……」


 ルイーナは小さくため息をつく。

 どうやら彼女が求めていた答えを、俺は出せなかったらしい。

 その証拠に彼女の表情からは、期待を裏切られたかのような感情が見て取れる。


「……朝から取り乱してしまって本当にごめんなさい。あなたを見てあまりにも信じがたい状況だったから、つい冷たい態度を取ってしまったのよ」

「は、はあ……」


 なんだか情緒不安定に見える。  

 さっきまで怒りに満ちていたかと思えば、今度はしょんぼりとしているし。

 この変わりようは、ゲームをプレイした身からすると戸惑いを隠せない。

 だってこの態度は、あまりにもゲームのルイーナとはかけ離れているし。


 どうしようかな。

 彼女の破滅を避けるためある程度計画を立てていたけど、これ以上関わるべきではないのかもしれない。

 彼女と関わることで、何か想定外の厄介な事態に巻き込まれる予感がするからだ。


「何度もこの状況をやり直してきたけれど、こんなことは初めて。一体何が起こっているの?」


 ルイーナは小声でぶつぶつと呟き始めた。

 彼女の思考が今一体どんな風に流れているのか、少し心配になってくる。

 昔からルイーナと多少交流を深めていれば、何を考えているのかわかったかもしれないな。

 そこはシナリオを破綻させたくないという、俺の落ち度。

 今さら嘆いても仕方ないことだけどさ。


「だって今までどれほど人生を繰り返しても、ジュンの不気味な雰囲気は微塵も変わらなかったじゃない。それにこれまで確かに存在していたはずの、あの子が朝からいないのもおかしい。あの聖」


 ルイーナは再び不機嫌な表情を浮かべる。

 なんか彼女の発言は、まるで他の作品とかの悪役令嬢のように人生を何度もやり直しているといった感じだな。

 とはいえ、ゲームの世界の住人がそんなことを口にするのはとても奇妙。

 もしかすると、俺という存在がこの世界に干渉したことで、何かしらの不具合を引き起こしているのかもしれないな。


 もしこれが現実世界で行っているゲームであれば、リセットボタンを押して最初からやり直すこともできただろう。

 しかし、今はゲームの中に存在しているため、状況を改変することはできない。

 残念ながら、この状態でそのまま学院生活を送るしかない。


「あ、次の授業は競技場で行うんだったよな? 急がないと遅刻するぞ! それじゃ俺はここで失礼する。ごきげんよう!」


 俺は言葉を急いで口に出すと、その場から逃げるように立ち去る。


 入学初日からこんな調子では、これからの学生生活が不安でいっぱいだ。


「あれ? そういえばなんか忘れている気がする」

 

 さっきのおかしなやり取りのせいか、頭が少々混乱しているので、それがパッと出てこない。

 なんというかこのゲーム世界において、絶対に忘れてはならない主要人物をまだ見ていないような。

 確か聖


「まあそのうち思い出すだろうよ。それよりも競技場に行かないとな」


 俺は時間がないので気持ちを切り替えると、ある場所に向けて早歩きをしていった。

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