剣と魔術が日常の乙女ゲームの攻略対象として転生しました。  ~俺は魔術と剣の才能無し物理ゴリラです。あとなぜか破滅済みのやり直し悪役令嬢もいます。とりあえず破滅しないように頑張ります。~

@and8

第1話 悪役令嬢を救いたい

「入学おめでとう! 今日からお前たちはこの学院の一員だ!」

「ついにこの日が来たか」


 俺はジュン=  。

 十数年前に貴族の家に生まれた男、というのは仮の存在。

 本当は日本人であり、とある事故からこの剣と魔術が日常の乙女ゲームの世界に転生してきた存在である。

 この世界での俺の役割は、主人公という輝かしい存在に恋をする予定の攻略対象だ。


 そして現在、俺はこの世界で通う学院の入学式に参加している。 

 ここはゲームで言うところのプロローグにあたる場面。

 周囲には新たな門出だからなのか、期待に満ちた表情の新入生たちが集っていた。


「それでは出席をとる。ルイーナ!」

「はい!」


 俺は可憐な声で返事をした銀髪の少女に視線を向けた。

 彼女はこのゲームの主人公、ではなくその対極に位置する存在、いわゆる悪役令嬢だ。


 ルイーナという少女はその華やかな外見とは裏腹に、他者を見下す冷酷な心を秘めている。

 彼女の役割は、ゲームの主人公である平民の聖女に対して、様々な嫌がらせを仕掛けるというもの。

 ルイーナはしばしば主人公に横暴な態度を取るが、最終的には攻略対象である人物たちから断罪される。

 残念ではあるが、変えようのない悲劇的な運命が待ち受けている哀れな少女だ。


 このゲームをプレイしてきた俺の目から見れば、この流れはルイーナもあれだけど、主人公側もやり過ぎだと感じる。

 可哀想すぎて見るにたえない。

 そうしたゲーム内の彼女に対して同情の念を抱いた俺は、この世界に来てからある目標を立てた。


 主人公たちとは一切関わらず穏やかに人生を過ごす。

 そしてルイーナが破滅に直面したときは介入して、後味の悪い結末を回避しようということだ。


 最初は初めから手助けするほうが楽なんじゃないかと、思ったこともある。 

 しかし俺が多く関与したことで、ルイーナの性格等が変化してしまうのは、展開が大きく変わる可能性があるためこれは却下。

 あまりにも逸脱した話に、今度は俺がピンチになるなんてこともありそうだし。


 したがって、俺がこの世界で成すべきことは至ってシンプル。

 他者との馴れ合いは最小限に、この剣と魔術の世界で生き抜くために必要な訓練をして、あとは適当に平穏でゆったりとした生活を送る。

 それで十分だ。


 そんなことを幼少期から思い、積み重ねてきた。


 結果俺は、知識や礼儀作法などは最低限習得できたものの、戦闘訓練に関してはある事情から微妙という結果になってしまった。

 まあその点については焦らず、じっくりと能力を伸ばしていけば良いだろう。


「では出席をとる。ジュン!」


 この世界での振り返りをしていると、先生が俺の名前を呼ぶ。

 少し心臓が高鳴る。

 こういう場面では初対面の印象が大切だ。

 ここは無難に元気よく、皆にそこそこ好印象を与えるような挨拶をするのがよい。


「はい! これからよろしくお願いいたします!」

「は?」 


 その瞬間、離れた席にいたルイーナが大声で反応した。


 入学式で緊張しているのかもしれない。

 たまに、自分の名前が呼ばれたと勘違いして反応してしまうこともあるよな。


「えーと、よくありますよね? 聞き間違えて驚いてしまうとか。ヘヘヘへ」


 俺は少し照れくさそうな作り笑いを浮かべながら言った。

 他の生徒たちもそれにつられて、何人かが小声で笑っている。


 このハプニングで多少目立ってしまったかもしれないけど、変に騒ぎ立てて悪目立ちするよりはいい。


 それにルイーナの反応を無視するわけにはいかないしな。

 ここでそんなことをすれば、何をされるかわかったものではないからだ。

 ここは軽い態度を取って流すのがベスト。


「は? あなた前と雰囲気が違うわよね?」


 ルイーナから少々厳しい口調で否定のようなものをされてしまった。


 そう言われても、俺はあまり主人公たちと関わらないように動いてきた関係上、ルイーナと直接会うのはこれが初めて。


 前と言われても心当たりがない。

 もしかして俺の勘違いなのだろうか?

 入学式で変に慎重になっているから、ルイーナの言葉を多少聞き間違えたかもしれない。


「はいはい喧嘩しない! 今日は入学初日なんだから仲良くする!」


 教師に注意されてしまった。

 これ以上騒ぎを起こすと厄介なことになりそうだ。

 それに、周囲の視線も次第に険悪になってきているようだし。

 ここで目立つのは、後々尾を引くだろうし、素直に謝っておくべきだろうな。


「すみません! 気をつけます! ごめんなさい……」


 俺は教師に謝りつつ、ルイーナにも軽く頭を下げた。


「……」


 ルイーナは不満そうに、顔を背けてしまった。


 彼女はまるで俺の存在そのものを無視しているかのようだった。

 怒らせてしまったのだろうか。

 まあ人にはそれぞれ相性というものがあるから、どうしようもないこともある。 

 どんなに気を使っても、合わない人とはうまくいかない。

 ゲームだろうと人間関係において、こうしたことは避けられない。


「では、気を取り直してもう一度名前を呼ぶぞ?」


 来た。

 俺は深く息を吸い込み心を落ち着ける。

 先ほどはトラブルが起きてしまったが、今度は気を引き締めてしっかりと返事をしよう。

 ルイーナのことは少し気にはなるが、今はきちんとすべきだ。

 俺は背筋を伸ばし前を見据える。


「ジュン!」

「はい! 皆様とは」

「は? やっぱり違うじゃない」


 またしてもルイーナの反感を買ってしまったようだ。

 俺が何をしたというのだろうか。

 あまりにも急すぎて見当がつかない。

 関係性がまだ何もない状態で彼女の気持ちを見抜くというのは、中々至難の技だ。

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