34 モブと主人公の対峙

 ――その日、僕とプリセラの元を二人の男子生徒が訪れた。


「初めまして、だね。アーロン・ゼラくん。俺はアイゼリック・ホルス。こっちは同じクラスのカリス・テルム。同じパーティでもある」


 アイゼリックが言った。


 ん? 初めまして?


「いや、僕は一度君と会ったことがあるんだけど――」

「えっ? そうだったか? 悪いが記憶にないな……」


 アイゼリックが眉を寄せる。


 でも、僕はよく覚えてる。


 なんといっても、彼はこのゲーム『アイゼロ』の主人公だし、さらに僕が魔王から【アスモデウス】を授けられたときに一緒にいたわけで――。


「あ! そういえば、魔王エルメリアは彼の記憶を消したとか言ってたかも……」


 だから、アイゼリックは僕のことを覚えてないのか。


「ごめん。僕の勘違いみたい」

「――そうか。なら、いい」


 アイゼリックは言って、僕からプリセラに視線を移す。


「そっちのプリセラも俺たちのパーティにいた。ただ最近パーティから離脱して、君の元にいるようだが――」


 なるほど、プリセラの元パーティのメンバーなんだ。


「まさか、あたしを連れ戻しに来た、とか? 言っておくけど、あたしはもう他のパーティに行く気はないからね」


 プリセラが言った。


「どうしてだ。彼はFランだろう? 俺たちのパーティは全員がAランクだ。彼なんかよりよっぽど――」

「あーくんを馬鹿にするつもりなら、許さないから」


 プリセラの顔から笑みが消えた。


 アイゼリックは意に介した様子を見せず、


「話題を戻すけど、君を連れ戻しに来たんだ、プリセラ」


 と、歩み寄った。


「もう一度、俺たちと一緒にやろう」

「お断りよ」

「もうすぐ昇格クエストだぞ。こんなFランと一緒にやるつもりか?」

「あーくんを馬鹿にしたら許さない、って言ったはずだけど?」


 プリセラが剣の柄に手をかけた。


「わわっ、ち、ちょっと落ち着いて!」


 僕は慌てて彼女を抑える。


「落ち着いてられないよ。あーくんの名誉のためだもん」

「別にそんなのいいよ。っていうか、僕がFランクなのは事実でしょ」

「そういう問題じゃない。馬鹿にする論調を問題にしてるの」

「彼らはAとかBランクだし、僕が下に見られるのは仕方ないよ」

「だからって本人の前で、あからさまに侮蔑していい理由にはならない」


 プリセラが相当怒っているみたいだ。


「とにかく、アーロン・ゼラは君にふさわしくない。俺たちのパーティが勝ったら、プリセラを返してもらうぞ。いいな?」

「……それはプリセラの気持ち次第でしょう」


 一方的な物言いが続き、さすがに僕もカチンときた。


 というか、アイゼリックって本来は主人公のはずなのに、ちょっと傲慢すぎないかな?


 初めて会ったときは、人当たりがよくて爽やかな好人物に見えたのに――。


 いや、きっと自分の利害が絡まないところでは『いい人』なんだろう。


 前世にもいたな、こういう人間――。


「プリセラは物じゃない。返すとかじゃなくて、彼女の居場所は彼女が決めるべきだよ」

「――ふざけるな。あいつにふさわしい男は俺だけだ」

「べっ」


 プリセラが拒絶を示すように舌を出した。


 それから僕の腕に自分の腕を絡める。


 その瞬間――アイゼリックの表情が激変した。


「てめぇ……!」


 荒々しい言葉、そして態度。


 どんっ!


 僕はいきなりアイゼリックに突き飛ばされた。


 そのまま彼はプリセラを抱き寄せる。


「ち、ちょっと――」

「お前は俺のものだ!」


 叫びながら、アイゼリックはプリセラの顔を無理やり自分の方に向け、唇を近づけていく――。


「い、嫌っ……!」


 プリセラが恐怖の表情を浮かべた。


「や、やだ……やめて……やめてぇ……っ!」


 彼の唇がプリセラの唇に迫り――。


 その瞬間――僕の中で何かが切れる。


「が……あああああああああああああああああああっ……!」


 今までの人生で一度も発したことのないような、動物的な雄たけびだった。


「っ……!?」


 アイゼリックはプリセラにキスをする寸前でギョッとしたように動きを止めた。


「お前――」

「プリセラから……離れろぉっ!」


 僕はアイゼリックに飛びかかった。



****

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